「信仰の創始者であり、完成者」(ヘブル人への手紙12章2節)

 聖書はこう語っています。「あなたがたは、あなたがたに向かって子どもに対するように語られたこの勧めを忘れています。」と。
そして続けて「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主は愛する子を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」(ヘブル12:5,6)と書かれています。
 現代社会では、「体罰」を、さも悪いことのように取り上げ、問題にします。しかし、神様は「むちでたたけ」と言われます。何故かと言うと、子どもをむちによって懲らしめることによって、悪いものがその子どもから出ていくからなのです。聖書に書かれている「むち」は「愛のむち」であり、愛しているからこそ、むちによって訓練し、正しいことを教え、祝福の道へと導くのです。
 あなたは今、信仰生活の中で、苦しいところを通らされ、嘆いていませんか。それは、神様からの愛の訓練です。神様からの訓練だと思い、堪え忍ぶ時、神様がその先にある喜びを与えて下さいます。
 イエス様は、辛く、悲しい十字架の道を堪え忍びました。しかし、十字架の先にある「全人類の罪からの救い」に目を向けていたので、その苦しみの中にも喜びがありました。
 イエス様の十字架の贖いによって、私たちは新しくされ、私たちの霊によって神様を礼拝することが出来るようになりました。神様は、更にご自身との関係を深め、私たちを聖めるために、様々なことを通して、私たちを訓練され、曲がったところをまっすぐにし、出っ張りを直し、神様の喜ばれる形にして下さっているのです。形を直すのには痛みも伴います。しかし、その中で主に助けを求め、祈るなら、あなたは「神様が生きておられる」ことを体験し、信仰の実を結ぶことが出来るのです。神様は今も生きて働かれる神様です。
 あなたを日々訓練し、あなたの信仰を見て「よし!これが本物の信仰だ!」と思われた時、あなたの中に偉大な奇跡を起こして下さいます。神様は愛です。このことを忘れてはいけません。神様はいつもあなたと共におられ、あなたが苦しい時はあなたをおぶって共に歩んで下さいます。この方から目を離さず、しっかり歩んでいきましょう。

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