見える世界、見えない世界(マルコの福音書2章1~12節)

 私たちクリスチャンは、神様の存在を心から信じています。神様は霊なる方ですから、この目で見ることは出来ません。しかし、聖書は、この方こそが唯一の神、天と地を創造され、また人間を母の胎の中で造り、人間に将来と希望を与えていると語っているのです。
 神様は人間を最高の作品として造られました。しかし、「最高」とはほど遠く、人生には悩みが多くあり、「こんなはずではなかった。」と思うことも多々あります。人間の能力、力には限界があるからです。 神様は、もともと「人間が神様と共に歩む時に」素晴らしい人生を送ることが出来るように人生を設計して下さいました。私たちが、神様と共に歩むとき、はじめて人間は最高の人生を送ることが出来るのです。神様は、私たちを人生の窮地から救い、力を与え、見えるもの(この世、人の力)ではなく見えないもの(神様)に目を留めるようにして下さる方です。
 マルコの2章には、イエス様の奇跡のひとつが書かれてあります。
イエス様がカペナウムに来られると、たちまち人々に知れ渡り、イエス様がおられる家には多くの人が集まりました。その時、ひとりの中風の人が4人の人に担がれて来ましたが、戸口のところまですきまもないほどに人が溢れいたため、イエス様に近づくことが出来ませんでした。そこで彼らは屋根をはがし、穴をあけて中風の人を寝かせたままその床をつり降ろしました。イエス様は彼らの信仰を見て、中風の人に「あなたの罪は赦された。」と言われました。そこにいた人たちは、不思議に思ったに違いません。イエス様は、病気の人に対し、病の癒しの宣言ではなく、罪の赦しの宣言をしたのですから。
 「罪」とは「神様の存在を否定し、神様から離れ、自己中心の生活をすること」です。イエス様は中風の人に対し、「自己中心の生活から神様中心の生活に変わる」宣言をされたのです。中風の人は、その場で罪が赦され、そればかりではなく病も癒され、床を取り上げ有ることが出来ました。彼は人生のどん底から、引き上げられたのです。
 「罪」が病を招き、永遠の滅びを招きます。しかし、イエス様の十字架によって救いを受けるなら、罪赦され、永遠のいのちをいただくことが出来るのです。
 「罪の赦し」の言葉は目に見えるものではありませんが、中風の人がそれを受け取った時、罪は赦され、病は癒されました。
 「救い」は目に見ることが出来ませんが、信じて受け取る時に、それが霊の力となり、無限の力となってあなたを変えていくのです。
クリスチャンは、見える世界(この世)において、見えない世界(神様、霊的な世界)に生きる者です。私たちが、どんな時も迷うことなく聖書の言葉を信じ従っていく時、信じられないような数々の奇跡があなたの人生に起こります!神様があなたと共におられるのです!

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