香油のかおり(ヨハネの福音書12:1~3)

富高尚師

 イエス様は、過越しの祭りの六日前、つまりイエス様が十字架にかかる六日前にベタニアという村に来られました。その村には、マルタとマリヤ、ラザロの三人の兄弟が住んでおり、イエス様は彼らを愛しておられたとヨハネは書いています。(ヨハネ11:5)また、ベタニアという村はイエス様が昇天されたオリーブ山(使徒1:12)の麓にあります。さらに、オリーブ山はイエス様が再臨されるところ(ゼカリヤ14:4)でもありますので、イエス様にとっては特別な場所だったのでしょう。
 三人のうち、ラザロについては11章のほとんどを費やして、ヨハネはその死とよみがえりについて書いています。ラザロはイエス様に愛され、友と呼ばれ、神様の栄光のため、神の子が栄光を受けるために用いられたことが記されています。(ヨハネ11:4)
 また、マリヤについては四つの福音書すべてにイエス様に香油を塗った女として記されています。イエス様はこのマリヤの葬りの日のための行為を、世界中で語られ記念となると言われました。(マタイ26:13)それは、単に香油を塗った行為をほめられたのではなく、メシヤ(イエス様)は死ぬことを理解していたこと、また、ラザロのよみがえりの奇蹟を通して、イエス様も必ずよみがえることを理解したことに対する称賛でした。また、イエス様に対する最高の愛の表現でもあります。マリアは非常に高価なナルドの香油の壺を割ってそのすべてを捧げたのです。(マルコ14:3)
 私たちの奉仕や献身も、心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、イエス様を愛する思いから出たものでなければなりません。そのためには、私たちの持っている大切なものを「割る」必要があります。神様はその行為を決して無駄にはなさいません。旧約聖書の雅歌をみると、そこにナルドの香油についての記事があります。(雅歌1:3、1:12)雅歌はソロモンと乙女の恋愛の物語ですが、これは、やがて王として来られる再臨のイエス様とその花嫁なる教会の関係を表しています。王の宴とは、まさにキリストの花嫁である教会とイエス様の婚姻の宴の時なのです。マリヤの注いだナルドの香油は、葬りの日のためのものであると同時に、よみがえりのイエス様と花嫁である教会の祝宴の時の香りでもあるのです。
 最後に、三人の兄弟の中で、マルタについては特に目立った記事は残されていません。しかし、ラザロやマリヤがイエス様に愛され、大いに用いられた背後には、マルタの行為が大きく影響していると信じます。それは、何よりもまず最初にマルタがイエス様を喜んで家に迎えたということです。(ルカ10:38)イエス様を喜んで迎える者の家を、神様は大いに祝福して下さるのです。

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