何故、ベツレヘムで生まれなければならなかったのか。(ミカ書5:2)

富高美和師

 イエス様が生まれる700年前、神様は預言者ミカを通して「救い主はベツレヘムに生まれる」ことを語られました。ベツレヘムは、「ユダの氏族の中でも最も小さい町」と呼ばれていました。しかし、その小さい町を選ばれ、そして宣言されたのです。預言されていたので、ルカの2:1~5にあるように、ヨセフとマリヤはナザレからベツレヘムまで約200キロの距離の旅に導かれました。マリヤが身ごもっている時、神様のタイミングで皇帝アウグストを用い、二人をベツレヘムに移動させたのです。「わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」(イザヤ55:11)
 イエス様の誕生を最初に知らされたのが「羊飼い」というのにも意味があります。ルカ2:8の「さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。」とあります。御使いの御告げを聞き、すぐにイエス様を探し当てた様子が分かるので、比較的近い場所にいたのでしょう。この羊飼い達は、普通の羊飼いではありませんでした。傷のない品質の良い「生贄用の羊」を養っていたので、彼らは夜通し羊を見守る必要がありました。そしてその彼らが、後に永遠の生贄となって私たちの罪を贖って下さるイエス様に会い、礼拝を捧げたのです。「このみこころに従って、イエス・キリストのからだが、ただ一度だけささげられたことにより、私たちは聖なるものとされているのです。」(へブル10:10)
 ベツレヘムは、ダビデの町でもあります。新約聖書には、17箇所イエス様を「ダビデの子」と呼ぶ箇所があります。何故なら、救い主はダビデの子孫から生まれるという預言があるからです。(Ⅱサムエル7:12~16)ダビデは王に選ばれる前は羊飼いでした。彼は羊飼いの心を訓練されていたので、王になった後も理想的な牧者の心を持って民を導きました。その千年後、永遠の牧者となられるイエス様が生まれることになります。「わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」(ヨハネ10:11)(エゼキエル34:11~16)
 また、ベツレヘムの町の名前の意味は「パンの家」です。イエス様は、ご自身のことを「わたしはいのちのパンです。」と言われました。(ヨハネの福音書6:32~35、6:46~51)イエス様は、私たちに霊的ないのちのパンを与えるために来られた救い主です。この方の語られるパンを食べる時、私たちは決して飢えることも渇くこともなく、永遠のいのちをいただくことが出来るのです。神様は、メシヤが生まれることを永遠の昔から定めておられました。それは、イエス様こそ神であることを人々に知らせるためです。

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