神様の時がある(ルカの福音書1章5~25節)

 「アドベント」は「待降節」とも言い、救い主の誕生を待ち望むお祭りのことを言います。クリスチャンは、クリスマスまで、イエス様の誕生を心から待ち望み、感謝しつつ毎日を過ごすのです。
 日本の多くの人は「クリスマス」の本当の意味を知らずに、ただのお祭りの一つとしてとらえているのが現状です。
 イエス様の誕生は、偶然の出来事ではなく、神様のご計画の中で起こったということが聖書には書かれてあります。イエス様がこの地上に来て下さったことによって、それまで人間が縛られていた「罪(神様に背いた生活)」の解放がなされ、天国への道が開かれました。  クリスマスは、聖書に書かれている預言が成就したという素晴らしい奇跡なのです。神様のことばは必ず実現に至ります。
 ザカリヤという祭司は、自分の組が当番で、神の御前に祭司の務め(神殿に入って香をたく)をしていました。彼が香をたく間、大勢の民は皆、外で祈ってました。ところが、神殿の中で主の使いがザカリヤに現れ、香壇の右に立ったのです。ザカリヤは恐怖に襲われましたが、御使いは彼に言いました。「こわがることはない。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。」
 御使いは「あなたの願いが聞かれました。」と言いました。
ザカリヤの長年の願いは、妻が子どもを産むことでした。エリサベツはなかなか子どもに恵まれず、当時は「不妊の女は神様から呪われている」とみなされていましたので、彼らはそのためにずっと祈り続けていました。その願いを神様は覚えておられたのです。
 神様は、私たちの祈りを必ず聞いて下さっています。疑わずに信じて祈り続け、「神様の時」を待つなら、その願いに神様は必ず答えて下さるのです。
 しかし、ザカリヤは神様のことばを聞いたにも関わらず、妻が年を取りすぎている現状を見て、戸惑い、疑いの心をもちました。
すると、御使いの手によって、ザカリヤは実際に子どもを見るまでは、口をきくことが出来なくなってしまいました。御使いは言いました。「私のことばは、その時が来れば必ず実現します。」
 その後、妻エリサベツは神様のおことば通り、身ごもり、男の子を産みました。彼の名はヨハネと言い、産まれた時から聖別され、救い主であるイエス様が来られる道備えとしての働きを全うしました。
 神様のことばは、必ず実現に至ります。あなたが信じる時、神様はその通りに導き、御心を成し遂げられるのです。
 イエス様の誕生も、神様のおことば通りでした。イエス様の救いによって、私たちは新しく生まれ変わり、罪に定める律法に縛られるのではなく、愛によって解放の道へと導かれたのです。私たちは、感謝をもってクリスマスという特別な日を待ち望もうではありませんか。

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