「よみがえりの恵み」

高森博介師

「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」ヨハネ11章25節
人間の幸せとは何でしょうか?故滝元明師のお話の中で、ひとりのご婦人が自殺をされたという話を聞きました。その方には自殺をする理由が見当たらないのです。夫は大企業に勤めて稼いでいるし、子どもたちも良い学校に入り立派に育っている。何不自由ない幸せな生活を送っていましたので、周りの人は不思議に思っていました。しばらくして遺書が発見されました。その中にはこのように書いてあったそうです。「私は今本当に幸せです。しかし、この幸せがいつ無くなるかを考えると不安でたまらないのです。ですから、幸せなうちにこの世を去ります。」
 自己中心的な考え方からは幸せを見出すことは出来ません。
最も悪質ないじめは無視をすることであり、その存在を否定することです。ならば人間は神様を無視し否定したという大きな罪を持っています。
罪の中でまことの神を見失い、偶像を作ったり、大きな社を建てたりしますが、そのような人間の作った神に何の保証もありません。
 しかし、”イースター”の日に祝われる「キリストの復活」はイエスに反対していたユダヤ人の経典タルムードにも記されている事実で、確かな神の救いであり、永遠の命の保証なのです。この永遠の命は一方的な恵みによって与えられるもので、私たちは選ばれた者なのです。ボロボロになった放蕩息子を遠くから発見して駆け寄った父親のように、神様は罪人が悔い改めて帰ってくるのを待っておられるのです。そして、悔い改めて、神に立ち返る者には、ただで救いをもたらして下さり、どんなに汚く、自分自身では神様と共に歩めないと思う者にも、「靴を履かせ(当時奴隷は靴を履いていない)」て息子として受け入れてくださるのです。
 完璧な者が選ばれるのではありません。旧約で登場する神に選ばれる人達、アブラハム、ダビデ、サムソンなどもとんでものない失敗を犯す人間でした。しかし、信仰によって義と認められ救いに預かる者となったのです。
主の復活を感謝していきましょう。

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