天に名が記されている喜び ルカの福音書10章17~20節 

富高尚師

 イエス様は、弟子たちに「蛇やサソリを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威」(ルカ10:19)を授けられ、ご自分が行くつもりのすべての町や場所に、先に弟子たちを遣わされました。すると弟子たちは、イエス様の御名を用いると、「悪霊どもでさえ私たちに服従します」と言って、喜んで帰って来ました。
 当時の弟子たちと同じように、イエス様がまだ来られていないこの世は、サタンが支配し、悪霊が働いているところです。私たちは、イエス様から「敵のあらゆる力に打ち勝つ権威」が与えられていることを知り、その権威を用いなければなりません。なぜなら、私たちは狼の中に送り出された子羊のような存在だからです。悪魔は、私たちの信仰を奪い去ろうと必死に働いています。(Ⅰペテロ5:8)弟子たちが「イエスの御名」を用いると、悪霊が出て行き、病が癒されました。弟子たちは、イエスの御名によって支配された神の国をその場で体験したのです。イエスの御名の権威は、二千年前も今も変わることがありません。私たちも、イエスの御名を用いて、悪霊を追い出し、病を癒し、神の国を体験することができるのです。
 イエス様がサタンに勝利されたのは、十字架の死と復活によってですが、ここでイエス様は、「サタンが稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ました。」(ルカ10:18)と言われました。イエス様の勝利は、創世の初めから変わることのない神様のご計画なのです。(創世記3:15)
 弟子たちは、素晴らしい驚くべき体験をして喜んでいましたが、イエス様はそれらを喜ぶのではなく、「あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」(ルカ10:20)と言われました。私たちの地上での信仰生活は、いつどのようなことが起こるかわかりません。信仰の歩みを妨げられたり、志半ばで命を失うようなことがあるかもしれません。あるいは誘惑に負けて罪を犯すことがあるかもしれません。その時、サタンは失望落胆している私たちに追い打ちをかけるように、「この人はこんな人間だ、こんな罪を犯した。」と言って神様の前に訴えるのです。(黙示録12:10)しかし、どんなにサタンが私たちの罪や過ちを並び立てて訴えたとしても、私たちの名が天に記されているなら、イエス様が私たちの弁護人(Ⅰヨハネ2:1)となってくださって、「無罪」を宣言して下さるのです。私たちの名が天に記されているので、私たちに害を加えるものは何一つないのです。(ルカ10:19)このことを喜びましょう。

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