祝福のことば

富高美和師

 イエス様は復活された後、弟子たちと40日共に過ごされ、神の国のことを語り、また数多くの奇跡をもってご自分が確かに生きておられること弟子たちに示されました。そして弟子たちが見ている前で、天に昇られましたが、その場面がルカの福音書24章50~53節に書かれてあります。
 イエス様は、弟子たちをベタニヤまで連れて行き、手を上げて祝福されました。そして祝福しながら彼らから離れて(昇天)行かれました。すると彼らは非常な喜びを抱いてエルサレムに帰りいつも宮にいて神をほめたたえました。
 何故弟子たちは非常な喜びを抱いたのでしょうか?それは、イエス様が「手を上げて祝福された」からです。イエス様は、ただ手を上げただけではなく、確かなことばをもって祝福されました。神様は、イスラエルの人々を祝福する時にはこのように祈りなさい、とあらかじめ教えて下さっていました。その祝福の祈りを、まことの祭司であるイエス様が、これから全世界に遣わされ、教会を立てあげていく弟子たちに語られたのです。その祝福のことばは民数記6:22~27に書かれてあります。
 「ついで主はモーセに告げて仰せられた。アロンとその子らに告げて言え。あなたがたはイスラエル人をこのように祝福して言いなさい。『主があなたを祝福し、あなたを守られますように。主が御顔をあなたに照らし、恵まれますように。主が御顔をあなたに向け、あなたに平安をあたえられますように。』
彼らがわたしの名でイスラエル人のためにいのるなら、わたしは彼らを祝福しよう。」
 神様は、すべての人を愛し、全ての人を祝福したいと願っておられます。確かに神様は天地創造の際、造られたものすべてを祝福されました。人も祝福の中を歩んでいたのです。しかし、背きの罪のゆえに(創世記3:1~6)人は祝福からかけ離れた生活をするようになりました(創世記3:16~19)。
 神様は、もう一度人間に祝福を注ごうとして、愛するひとり子イエス様をこの地上に送って下さいました(ヨハネ3:16)
 それゆえ、私たちは神の子とされ、再び神様の御顔の光に照らされて恵みの中を歩むことが出来、本当の平安を持つことが出来たのです。イエス様の語られた祝福のことばは、イエス様を救い主として受け入れた時に、私たちの内に実現するのです。
 祝福されたいのであれば、私たちは祝福を受ける場所に立つべきです。その場所とは神様の懐、神様の側近くです。ここから祝福が流れて来るのです。

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