あなたがたは神の神殿である Ⅰコリント3:16~17

永井信義師

「あなたがたは、自分が神の宮であり~」(Ⅰコリント3:16~17)教会に集められた私達が神の神殿です。「あなたがたは神の神殿である」という事が私達にとってどういう意味を持ち、どのように受けとめて神の神殿として歩んでいけばいいのでしょうか。

① 神様の協力者
 神様は私達を協力者として見てくださっています。私達がその事を理解し受けとめる前に、『成長は神様が与えて下さるもの』だと知っておかなければなりません。(Ⅰコリント3:6~7)
 私達は同じ神の神殿を造り上げている仲間です。しかし、それぞれに与えられている働き、神様から受ける報酬は違います。
 与えられている役割を、『成長させてくださる神様』に委ねながら行っていく時に神様は私達に報いを与えてくださいます。(Ⅰコリント3:8)

② 神の神殿(Ⅰコリント6:9)
 この箇所では「あなたがたは」と複数形で書かれています。ここから『私達が共同体として神の神殿』であるとパウロが理解し、これが聖書的理解である事が分かります。
 神殿は神様ご自身が宿って下さり、また生きて働かれる場所です。それは建物というよりも、私達が集うこの教会を通して神様が生きて働いてくださるという事です。神様が私達と共にいてくださるだけではなく、私達が共に集まる時にその場所が神様の宮、神様の働かれる場所、また神殿として神様が用いてくださるのです。(Ⅰコリント2:21~22)

③ キリストのもの(Ⅰコリント3:21~23)
 神様は私達が神の協力者また同労者として働いていくために必要なものを全て備えてくださっています。神様は私達を一生良いもので満たしてくださるとても良いお方です。
 しかし、それ以上に重要な事は、「私達はキリストのもの」だという事です。
ですから、私達は神の神殿、神の家族を壊してはいけません。それは私達のものではなく神様が与えて下さったものだからです。
 私達は神様が与えて下さった一致を熱心に保っていきましょう。

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