どんな時も揺るがない者に(Ⅰコリント15:58)

富高美和師

 コリントの教会は、様々な問題の中にあって、その信仰が揺るがされている状態にありました。パウロはそのようなコリントの教会に対し、キリスト・イエスにあって一つ心となり、しっかりと信仰に立ち、主の業に励むように勧めています。何故なら、世の終わりが迫っているからです。
 私たちの信仰生活においても、様々な問題の中で私たちの信仰が揺り動かされることがありますが、それはどのような時でしょう。
 イエス様の弟子たちがガリラヤ湖で嵐に遇った時、イエス様が水の上を歩いて弟子たちの舟に近づいて来られた時がありました。弟子たちは「幽霊だ!」とおびえましたが、それがイエス様だと分かると、ペテロは「主よ、もしあなたでしたら、私に水の上を歩いてここまで来い、とお命じになって下さい。」と言いました。イエス様は「来なさい。」と言われ、ペテロは歩き始めました。しかし、ペテロは少し進みましたが「主よ助けて下さい!」と叫びます。なぜでしょうか。マタイの14:30には「風を見て怖くなった」と書かれてあります。ペテロは、傍におられるイエス様を信頼し、イエス様だけを見つめて進めば良かったのです。しかし、彼は波立つ自分の足元を見、風が自分の身体を倒そうとしているのを感じました。恐れと「本当に大丈夫だろうか?」という疑いが、彼の心を揺さぶったのです。私たちの信仰が揺り動かされる時、それは、恐れと神様に対する疑いの心が生じた時です。
 揺るがされない者になるために必要なことは何でしょうか。

① 私自身が、揺るがない土台の上に立つこと。
Ⅰコリント3:11に、その土台はイエス様であると書かれてあります。
イエス様は昨日も今日もいつまでも変わらない方。何が変わらないのかというと、私たちを愛する心です(エレミヤ31:3)。神の愛から出る御言葉を信じ、祈り、恵みを体験するなら、どれだけ神様が私たちを愛して下さっているかを知り、信仰が成長します。それが土台に根差すということです。
「主に信頼し、主を頼みとする者に祝福があるように。その人は水のほとりに植わった木のように、流れのほとりに根を伸ばし、暑さが来ても暑さを知らず、葉は茂って日照りの年にも心配なくいつまでも実を実らせる。」

(エレミヤ17:7、8)

② 地にあるものではなく、天にあるものに目を留める。
旧約時代の信仰者たちも、地上のものではなく、天の都を見つめ待ち望んでいました。(へブル11:16)(Ⅱコリント4:16~18)

③ やがて来られるイエス様から目を離さないこと。(へブル12:2)
私たちはどのようなイエス様を見つめ続けますか?それは、神の御座の右におられ、私たちの信仰がなくならないように、とりなして下さるイエス様です。ステパノはその姿を見ていました。「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見てこう言った。『見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。』(使徒7:55、56)

私たちが揺るがされることなくこの地で主の業に励む時、必ず天で大きな報いがあります。これは神様の約束です。忠実に歩む者でありましょう。

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