すべてのことが許されるわけではありません Iコリント10:23

高森博介師

 すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが有益とはかぎりません。すべてのことは、してもよいのです。しかし、すべてのことが徳を高めるとはかぎりません。
    
 私達は律法から解放されました。イエス様が十字架にかかり身代わりとなって罪のさばきを受けて下さったので、すべての罪から解放されたのです。
 ですから、信じる者は、罪赦され神のこどもとして新しい人生が開かれました。信仰によって私達は変えられて新しい「信仰の世界」に入りました。教会は信仰をもった人達の集まりです。
 私達はいつも聖書を読んでいると思います。聖書には私達の「糧」があります。神様が聖書を通して私達に教えておられることは、神様の目から見て「聖く」なることです。そのために新約の時代にメシアとしてイエス様が来て下さいました。イエス様が十字架にかかり三日目によみがえって下さったことによって、私達はすべての罪が赦されました。しかし「すべてのことが許されている」からといって、何にも縛られることなく、何でも自分が好きなことをしてもいい、とは聖書には書かれていません。
 神様の言葉は、人が何と言おうと絶対に変わることはありません。「安息日を聖なる日とせよ」と言われたら、聖としなければなりません。(民数記15:32~36)
 私達は神様の御言葉によって成長することができます。ですからよく聖書を読み、聖められることを求めて祈る必要があります。神様の声が私達の力となり、神様の恵みで、喜びと感謝が溢れる信仰生活が送れるようになります。
 この教会に集められた人は、素晴らしい賜物を神様から頂いています。神様が一人一人を選んでこの教会に送って下さいました。私達は聖書の言葉を通して神様の素晴らしい力を内に頂いているのですから、神様の言葉に従って一歩踏み出してみましょう。
 一歩踏み出した所に神様が働かれます。

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