主に信頼して歩む人、ノア

富高美和師

「~主は、地上に人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。~」(創世記6章)
 
 ノアの時代、地上に住む人々は、完全にサタンの支配の中にいる状態でした。人々は造り主である神様から離れ、本来の正しい姿、そして価値を失っていました(創世記3章)。これを堕落と言います。私たちは福音を宣べ伝え、神の国の拡大のために働いていますが、サタンも自分が築いたサタンの王国をもっと広げようと、必死に働き、人々の心に要塞を築き続けています。地上に悪が増大し、暴虐が満ち、人々は神様を信頼することをやめ、本来の正しい姿、価値を失っている中に、ノアとその家族がいたのです。しかしノアは、堕落しませんでした。何故でしょうか。それはノアが神と共に歩んだからです。
 神様の目に、ノアは「主の心にかなう」「正しい人」「全き人」でした(6:9)。神様の言われる「正しい人、全き人」とは「完璧な人」ではなく、主に全き信頼を置いている人を指します。ノアは、サタンの支配する王国の中で、神様に全き信頼を置いて歩み、主の声を聞き、自分の本来の姿と価値を忘れることはありませんでした。ノアとその家族は、主の声に聞き従い、箱舟によって裁きから救われました。
 主に信頼する人とはどのような人でしょうか。
それは、神様の前に正直である人です。神様が「主の心にかなう人」と呼ぶ人は、完璧な人ではありません、ノアも失敗を経験しましたし、ダビデもそうです。ダビデは大きな過ちを犯しました。部下の妻を自分のものとし、その夫を殺したのです。しかし、ダビデは罪を指摘された時に、心を砕き神様の前に正直に認め、悔い改めました。ダビデは、失敗してもそれを正直に父なる神様に話すことが出来たのです(詩篇51:4)。主に信頼している人は、失敗しても、弱さを覚えても正直に天の父に打ち明けることが出来ます。そして悔い改め、赦していただくのです。「天の父は私を愛し、決して見捨てることなく、受け入れて下さる」と信じて(Ⅰヨハネ1:9)。また、主に信頼している人とは、主の名を呼ぶ人です。ノアは、常に主の名を呼びました(ノアの父祖「セツ」創世記4:25、26)。それゆえ、神様はノアにはっきり御心をお示しになりました(エレミヤ33:2、3)。それが創世記6章に書かれています。ノアは、確かに神様の声を聞いたので、揺るぐことなく最後まで忍耐することが出来ました。「あなたがたは、忍耐することによって自分のいのちを勝ち取りなさい。」(ルカ21:19)ノアは、馬鹿にされたかもしれません。迫害されたかもしれません。しかし彼は人を恐れずただ神を恐れ、信仰によって永遠のいのちを勝ち取ったのです。箱舟を造ることは本当に困難なことだったでしょう。罪が入り、地が呪われてからは人の労働は苦労がつきものでした。しかし、ノアは神様の祝福の中での労働でしたので、その中でも神様は恵みを体験し、そして力を得ました。主に信頼する者は、主がその手を祝福して下さり、恵みを体験し、信仰を成長させ、その信仰によって力が与えられます。
 私たちも今、ノアの時代のような状況にいます。しかし、私たちは神様と共に歩む者です。そして、主の声に聞き従い、忍耐していのちを勝ち取る者です。

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