信じて待つ

富高美和師

「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。~」(イザヤ書9:6~7)
 イザヤは、イエス様の生まれる約700年前にこのメシア預言を語りました。そして、この預言は2000年前に実現し、今生きる私たちはクリスマスを当たり前のようにお祝いしているのです。
 遠い昔、クリスマスという日がなかった時代がありました。「神様が約束して下さったメシアはいつ誕生されるのだろう。」と人々は待ち望みました。
 待ち望んていた人々の中に、シメオンとアンナという預言者がいます。(ルカの福音書2:25~38)アンナは84歳、彼らは本当に長い間、神様の約束の実現を待っていました。何故、途中であきらめたり、投げ捨てたりせずに待つことが出来たのでしょうか。
①神様の約束は必ず実現するという信仰があった。
彼らの持つ信仰は、アブラハムの信仰と同じもの。(ローマ4:16~21)
「~ 彼は望み得ない時に望みを抱いて信じ、『あなたの子孫は、このようになる』と言われていたとおり、多くの国民の父となりました。 彼は、およそ百歳になり、自分のからだがすでに死んだも同然であること、またサラの胎が死んでいることを認めても、その信仰は弱まりませんでした。 不信仰になって神の約束を疑うようなことはなく、かえって信仰が強められて、神に栄光を帰し、 神には約束したことを実行する力がある、と確信していました。」
天の父は必ず約束を守られる方。信じる者は必ず待つことが出来る。
②聖霊による確信と励まし(信仰は神様が与えて下さるもの)
「また、聖霊が彼の上におられた。」「聖霊によって告げられた。」「祈りと断食をもって」(ルカの福音書2:25、26、37)
「ですから、あなたがたの確信を投げ捨ててはいけません。その確信には大きな報いがあります。あなたがたが神のみこころを行って、約束のものを手に入れるために必要なのは、忍耐です。もうしばらくすれば、来たるべき方が来られる。遅れることはない。わたしの義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの心は彼を喜ばない。しかし私たちは、恐れ退いて滅びる者ではなく、信じていのちを保つ者です。」(へブル人への手紙10:35~39)
 ユダヤ人の待っていた救い主は、イザヤの預言の通りに実現しました。イエス様は天から来られ、十字架の贖いをし、天に昇られました。
 今、私たちはもう一つの約束の実現を待っています。(イザヤ9:7)
イエス様はもう一度来られます。私たちは、その約束の実現をシメオンやアンナのように信仰をもって待ち望みましょう。父の約束は必ず実現します。

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