再臨のキリストを待つ ヨハネの福音書 14章1~4節

富高尚

 アドベント2週目を迎えました。旧約時代はメシアの誕生をすべてのイスラエルの民が待ち望んでいました。新約時代の教会にとってのアドベントとは、イエス・キリストの再臨を待ち望むことを、改めて考え直す良い期間です。
 パウロは、再臨信仰を持つ模範的な教会として、テサロニケの教会を挙げています。テサロニケの教会は、偶像からまことの生ける神に立ち返ったことだけでなく、イエス・キリストの再臨信仰に対しても模範的でした。第一テサロニケ1章10節の「天から来られるのを待ち望む」の「待つ」という言葉は、単に誰かを待つという意味ではなく、「前もって来ることが分かっている方を待つ」という意味のことばが使われています。来るのか来ないのかわからない人を、不安や苛立ちで待つのではなく、必ず来る方を、確信を持って忍耐深く、どんなことがあっても動揺せずに待つという意味の言葉なのです。
 イエス様の再臨の約束は、聖書の中にたくさん記されていますので、これを否定することはできません。再臨がなければ神様の計画の完成はありません。十字架の死と復活も無意味になります。それだけ再臨は重要なことなのです。終わりの時の、今の教会にとって、再臨を正しく理解し、その時をどのように待ち望むかはとても大切なことなのです。この世はますます乱れ、多くのクリスチャンがこの世の価値観に惑わされ、誘惑され、聖書の教えから離れていくでしょう。また、世の価値観に反すれば、家庭や社会のなかでも迫害に会うことになるでしょう。ですから、再臨について正しく理解することは、終わりの時代を迎えて、私たち自身の信仰と霊性をしっかりと保つために必要なのです。旧約に人々がメシアを待ち望み、復活に希望を抱いたように、私たちは再臨のキリストを待ち望まなけれなりません。
 私たちが、再臨のキリストを待ち望む、その最も大きな理由と恵みは「復活」です。「よみがえり」です。再臨のキリストが来られる時、私たちは、キリストと同じ栄光のからだに変えられて、永遠にキリストと共に生きるようになります。キリストを信じて召された者は、栄光のからだによみがえります。生きていてキリストを信じる者は、一瞬のうちに栄光のからだに変えられてキリストと共に天に上げられるのです。(Ⅰテサロニケ4:16~17)
 私たちが再臨について正しく知ることで、信仰生活が変わり、人生が変わります。キリスト教信仰に基づいて、多くのクリスチャンに影響を与えて来た内村鑑三は、人生が3度大きく変わったと証していますが、キリストの再臨を確信した三度目の時に、「古い世界から新しい世界が開け、新たな力が加わり、生涯のすべてが一新した。」と証ししています。
 あなたも、再臨のキリストを信じて待つとき、新しい世界が開け、新たな力が加わり、あなたの生涯が一新されるのです。

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