救い主が来られる(マタイ2:1~11)

富高美和師

 「アドベント」という言葉はラテン語で「待つ」という意味の他に「向こうからやってくる」という意味があります。
 今から約2000年前、救い主がやって来られました。それは偶然ではなく、神様のご計画によって、イエス様は自らの意志で神の位を捨て、肉体をまとって人間としてこの地にやって来られたのです。(ピリピ2:6~11)
 イエス様がベツレヘムでお生まれになった時、東の国の博士たちは、ひと際輝く星を見つけました。それはかつてバラムによって預言されていた星でした。「ヤコブから一つの星が見える。イスラエルから一本の杖が起こり、モアブのこめかみを、すべてのセツの子らの脳天を打ち砕く」(民数記24:17)彼らは、ユダヤの王に会うために黄金、乳香、没薬を携えて旅をし、そして幼子イエス様を見ると膝をかがめ礼拝しました。
 博士たちの捧げものを通してイエス様がどのような働きと目的を持ってこられたかが分かります。

①黄金(黄金は王様への贈り物)
黄金は、昔も今も非常に価値のあるもので、王の器具そして装身具として用いられていました。これは、イエス様が王様として来られたことを表します。
イスラエルの民にとって「王」と言えばダビデです。イスラエル国を確立し、羊飼い経験者の彼は理想的な王として国を治め、戦いでは勝利を勝ち取り、民を守りました。しかし、彼は完璧な王ではありませんでした。(Ⅰ歴代誌21:1~14)イエス様は、永遠に私たちを治める王としてこの地にやって来られました。(Ⅱサムエル7:12、13)ダビデに勝る真の王として神の国の回復のために・・・

②乳香(乳香は神様への贈り物)
乳香は香料の原料。それを焚いて香として神様に捧げます。(レビ記2:2)
つまり、この乳香はキリストの神性を表し、イエス様が100%人間であり、100%神様としてこの地に来られたことを示します。
イエス様は十字架で死なれましたが、死に勝利し復活されました。

③没薬(没薬は苦難を表し、死に対して贈られる物。)
イエス様は、人々の罪を背負って十字架に架かり、永遠のいのちを与えるためにこの地に来られました。(ヨハネの福音書3:16)

 博士たちは、多くの犠牲を払って救い主に会いに来ました。神様の約束の成就を見ることの出来る喜びに満たされていたのです。イエス様はもう一度やって来られます。星が博士たちを先導したように、私達を導く星は聖書の御言葉です。御言葉が暗闇の中にあっても光輝き、神様の約束の成就を見ることが出来るように導いて下さるのです。(黙示録22:20、21)

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