福音の正しい理解~霊、魂、体~

富高美和師

「ですから、だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」

(Ⅱコリント5:17)

 かつて私たちは、自分中心の生き方をしてきました。自分で全てのことを決め、自分で全ての責任を負う生活です。しかし、順調にいっている時は良いのですが、問題が起こったり、思うように事が進まないと、途端に不安になり、一体自分が何のために生きているのか、どこに向かっているのか、死後どうなるのか、分からなくなり恐れがくるのです。聖書には、「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように、」(へブル9:27)とあります。人間は皆、死後に神様の前に出ることが定まっています。しかし、人間は罪があるので、聖なる神様のいる天国へ行くことが出来ません。
 罪とは何でしょうか。創世記3章を見ると、アダムが神様のことばを「信じなかった」ので、それゆえに死(肉体的な死、霊的な死)が入って来たことが書かれてあります。罪とは「神様を信じないこと」を指します。
 神様が天地を創造された時、エデンの園を造られ、人間を置かれました。神様に愛され、神様と交わり、神様との関係を正しく持っている間、アダムには何も心配はありませんでした。しかし、サタンの嘘に騙され、アダムは罪を犯しました。神様がどんなにアダムを愛し、どんなに良い計画を立てられているか、「信じなかった」のです。それが罪の始まりです。彼が「信じなかった」瞬間、彼の霊(神様と交わり、永遠を思う器官)が死にました。
神様との関係に隔たりが出来た時、人間は自己中心的な生活を始め、滅びに向う道を歩み始めました。しかし、神様は愛なるお方なので、人間にはどうすることも出来ない罪を取り除いて、もう一度関係を修復しようとされたのです。
それが、イエス様の十字架と復活であり、「信じる者は救われる」という「福音」です。「もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。」(ローマ10:9)アダムが「信じなかった」ので神様との関係が絶たれました。聖書には、何度も何度も「わたしを信じなさい。わたしを信じるためだ。」という言葉が出てきます。もう一度、神様は私たちに「信じなさい」と言われているのです。私たちが信じる時に、絶たれていた関係が修復するのです。それは、とても信じられないことです。しかし聖霊によって信じることが出来るます(Ⅰコリント12:3)。信じた瞬間何が起こるかと言うと、私たちの死んでいた霊が生き返り、全く新しくされます。この時に注意しなければならないのは、新しくされるのは聖霊の働きであって、私たちの「霊」の部分で起こることです。霊が新しくされるのです。そしてこの霊が本来の「私」であり、主に愛され、主と交わり、永遠を思い、礼拝する者です。そして霊が新しくされたなら、聖霊様によって「魂(思い、感情、意志)」の領域にも影響を与えます。そしてそれが「体(行動)」へと繋がっていきます。霊が新しくされた者は、与えられた人生を通してイエス様のように変えられていき、あなたを通してイエス様の福音が人々に伝わって行きます。それは、神様の栄光が現わされるためです。あなたは新しくされた者として人生を歩むことが出来ます。

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