「求めなさい。そうすれば与えられます。」マタイの福音書7章7~8節

高森博介師

 50年前初めて聖書の言葉を聞いたとき、自分のすべてを見透かされているようで、恐ろしい言葉に感じました。しかし、その言葉を信じたときに、イエス様は私を新しく造られる方であり、いつまでも変わらない真理であることを知り、救いへと至ったのです。 
 日本人の考えには「自力本願」的なものがあります。「為せば成る」、努力すれば、やり続ければ道は開かれるというものです。私も「健全な精神は、健全な肉体に宿る」という言葉を信じ、体を鍛えるために柔道をやったりしていました。宗教は弱い人間のすることだと思っていたので、神を信じることもありませんでした。しかし、正しいことをしたいと思っているのに、それをすることができない。お酒、タバコ、パチンコに依存する生活から抜け出せないでいました。そんな時に、イエス・キリストに導かれ救われたのです。
 ペテロも証言しているように(Ⅰペテロ2:22)、普通の人だったら2、3日一緒に過ごすとぼろが見えてくるが、3年半も一緒に過ごしたけれども、イエス様は「罪を犯さず、その口に欺きもなく」真の神様であり、救い主だったのです。
 人間の欲望は尽きません。真の神様から離れた生活に救いはなく、この世の与える慰めは一時的なもので滅びに至らせます。人の評価を上げて自分を引き上げようとしますが、自分が一番自分を知っているのでそれが助けとはならないでしょう。
 私たちが求めるものを神様は与えてくださいます。
 私は何年か前に「世界一の果物」と呼ばれるドリアンをどうしても食べたくて祈ったことがありました。数日後、ある方を訪問した際、それを頂き食べることができたのです。物流も整っていない当時、都会でも手に入れることは難しいだろうドリアンを宮崎で食べることができるとは祈りの答えだとしか思えませんでした。このことを通して「求めれば与えられる」神様のみ言葉が真理であることを神様が教えてくださったのです。
 私たちが祈り求めるときに神様は答えてくださいます。神様に大胆に祈り求めていきましょう!

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