「目が見えるようにしてください」(ルカの福音書18:35~43)

富高美和

 イエス様が十字架にかかるため、エルサレムに向われる途中の出来事です。
エリコに近づいた時、一人の目が見えない人が道端に座り、物乞いをしていました。そこに群衆が通って行くのを耳にし、イエス様が通られることを聞くと、大声で叫んで言いました。「ダビデの子のイエス様、私をあわれんでください」と。人々が黙らせようとしましたが、彼はますます大声で叫びました。すると、イエス様は立ち止まって彼を連れて来るよう命じ、「わたしに何をしてほしいのですか。」と問いました。男性が「主よ、目が見えるようにしてください。」というと、イエス様は「見えるようになれ。あなたの信仰があなたを救いました。」と言われ、彼の目を開かれたのです。彼は喜んで賛美し、イエス様について行きました。きっと、イエス様の十字架と復活を自分の目で見ることになったでしょう。
 物乞いをしていた生活から、彼の人生は変えられましたが、彼の人生はターニングポイントはいつだったでしょうか。彼の目が見えるようになった時でしょうか。いいえ、そうではありません。彼がイエス様の噂を聞き、この方が救い主だと信じた時から、彼の霊的目が開かれ、暗闇に光が差し、彼の中で何かが変わり始めたのです。彼はイエス様が救い主だと信じていたので、チャンスを逃すまい、と叫び続けたのです。彼は、だれに拠り頼めば問題が解決するのか、よくわかっていました。霊の目が開かれることによって、その行動も聖霊様によって導かれました。霊の目が開かれると、霊的祝福を知り、信仰を通してそれを体験することが出来るようになります。(エペソ1:3)(エペソ1:17~19)
 また、霊の目が開かれると、勝利を勝ち取ることが出来ます。(Ⅱ列王記6:8~17)人生の戦いのとき、何に拠り頼めば良いのか、はっきり知ることが出来ます。アラムの軍勢がイスラエルを包囲した時、エリシャのしもべは恐れましたが、エリシャが彼の霊の目を開いて下さいと祈ると、なんと火の馬と戦車がエリシャを取り巻いて山に満ちているのが見えたのです。その後エリシャは、神様の方法で勝利することが出来たのです。
 霊の目が開かれていない時は、私達は現状を見て恐れますが、しかし、霊の目が開かれた時、戦いの先頭に立つのは、自分ではなく、主であること、戦う相手は人ではなく、サタンであり、すでに主が勝利をおさめて下さっていることに気づきます。イエス様は度々、弟子たちを危機的状況に追い込み、霊的な目を開くための訓練をされました。(嵐を鎮める奇跡 マルコ4:35~41)
どんな時も恐れることなく主に信頼し、主に仕えることを教えるためです。
 神様は、私たちに「霊の目が開きなさい。」と言われます。霊の目が開かれる時、私たちは信仰によって勝利を得ることが出来るのです。

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