「隣人を喜ばせるべきです」ローマ人への手紙15章1~5節

高森基信

 キリスト者であることは、キリストご自身がそうされたように、利己的な思いや虚栄からではなく、へりくだって自分よりもほかの人のことを顧みることが大切です(ピリピ2:1~9)。自分を喜ばせるのではなく、人を喜ばせることが大切だとパウロは言っています。また、パウロ自身の喜びも皆の思いが一つとなることであると記しています。私自身も牧師としてのあり方を教えられます。時として、「みこころ」という言葉を使って自己実現、自己欲求を満足させる誘惑にかられるからです。
 しかし、大切なのは隣人を喜ばせること、特に強い者は強くない者の弱さを担うべきであり、主にある兄弟姉妹は、互いの霊的成長を求めて、益となることを考え、努めていかなければならないのです。そして、キリストの体として一つとなるときに、地上での神の国が建て上げられるのです。
 神様はみこころのままに私たちの内に志を立てさせてくださいます。その時はわからないかもしれませんが、その志を行っていくとき、また、神様がそのことを行わせてくださるときに「みこころ」だと確信が得られます。そして、神様がそれを行わせる理由は、この曲がった邪悪な世代にあって、私たちが世の光として輝くためなのです(ピリピ2:15・16)。クリスチャンの中ではなく、この世の中で輝くために、神は志を行わせてくださいます。
 イチロー選手が引退しました。素人の私が彼の偉大さを讃えるのと、小さい頃から野球経験があり、彼の塗り替えた記憶がどれだけすごいものかを理解している人では、彼を賞賛する心の度合いは違います。私たちもイエス・キリストを通してなされた御業を知り、神の愛の深さを知るときに、キリストの日に私たちの人生がすべて無駄でなかったことを大いに誇ることができるのです。共に心を一つにし、神のみこころを求め、希望を持って歩んでいきましょう。

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