最高の捧げもの ヨハネの福音書 12章1~8節

富高尚師

 イエス様は、ベタニアで死からよみがえったラザロと共に夕食の食卓についていました。そこに、マリアが来て、イエス様の足に純粋で非常に高価なナルドの香油を塗り、自分の髪でその足をぬぐいました。家の中は香油の香りでいっぱいになったと記されています。(ヨハネ12:3)
 この行為を、弟子のユダは真っ先に非難しました。他の福音書を見ると、他の弟子たちも一緒になってマリアを非難したことが分かります。弟子たちにとっては、それは「無駄なこと」のように思えたからです。
 なぜなら、その香油は三百デナリほどの価値のある高価なもので、それを売れば多くの貧しい人々に施しができたからでした。おそらく、イエス様と行動を共にしていた弟子たちは、度々、そのように貧しい人々に施しを行ってきたのだと思います。しかし、この時、イエス様はマリアを擁護し、「そのままにさせておきなさい。」と言われました。なぜなら、その行為は、イエス様の「葬りの日のため」にしたことだったからです。(ヨハネ12:7)
 当時の弟子たちには、想像することも、理解することもできなかった「イエス様の死」の時をマリアは悟り、自分の大切な香油を捧げたのです。
 私たちも、「今がどのような時か」を知ることが大切です。イエス様の一行が、マルタの家を訪ねられた時、マルタはそのもてなしに一生懸命でした。妹のマリアが手伝いもせずにイエス様の話に聞き入っているのに腹を立て、イエス様に文句を言いました。その時、イエス様は、「必要なことは一つだけです。マリアはその良い方を選びました。」とおっしゃいました。(ルカ10:42)
 この香油を捧げたマリアは「キリストの死」を悟り、自分に何ができるかを考え、最高の捧げものをしたのです。それは、子どもの頃から両親が結婚の時にと買い与えた大切なものだったはずです。また、それは石膏の入れ物に入った、蓋のない入れ物に入っていたので、割ってすべてを捧げる必要がありました。(マルコ14:3)でも、マリアは、躊躇することなく、その時を悟り、最高の捧げものとして、惜しみなく、すべてをイエス様に捧げたのです。
 イエス様は、大いにこのことを喜んでくださり、「世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられるところでは、この人がしたことも、この人の記念として語られます。」(マタイ26:13)と言われました。おそらく、それは記録として残ると同時に、イエス様が十字架にかかられるまでの数日、イエス様と会った多くの人々も、また、十字架からその遺体を取り降ろしたアリマタヤのヨセフやニコデモも、ベタニアのマリアと同じ香油の香がすることを知り、彼女の最高の捧げもののことを多くの人に語り継いだのだと信じます。
 時を悟り、今、何を為すべきかを知って、主のために一番良いことを選び取りましょう。それが、主の喜ばれる最高の捧げものとなるのです。

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