「聖霊を求める」ヨハネの福音書 14章16節

高森博介師

 治安の良さがトップクラスである日本。シンガポールも治安において素晴らしい国ですが、日本の根底にあるものとシンガポールでは違いがあります。シンガポールでは法律で深夜の外出や集会時間が決められ、違反への罰則の厳しさで平和を保っているところが大きいのですが、日本は道徳的、倫理的な教育によって平和が保たれています。しかし、どんなに治安が良く恵まれていても、人の心にある問題は変わらないのです。シベリヤに抑留されていた義父の手記に、一瞬の停電のすきに人の食べ物を盗んだ犯人が、学識があり品のいい仲間であったことに驚いたことが書かれていました。極限に置かれたときに真の姿が現れます。聖書には「この水を飲むものはまた渇く」(ヨハネ4:13)と記されてあります。たとえ、豊かさを手に入れたとしても人の欲望というものは尽きないのです。しかし、イエス・キリストの与える水を飲む人は、いつまでも渇くことがなく、腹の底から湧き出る(ヨハネ4:14)のです。
 平安をいただく方法は、イエス様が約束された助け主なる聖霊をいただくことです。それは信じて求めるならば与えられるもので、私も聖霊を求めました。異言が与えられた時、悪習慣から解放され、聖霊の語りかけにより献身を迫られました。ある時は非常な恐れを感じ、聖書を隠したことさえあったのです。そして、人前で話せなかったものが変えられ、延岡開拓の時は路傍伝道をしていました。宮崎に移ってから、その路傍伝道を通して教会へ導かれ45年間延岡の教会で信仰を守っておられる方がいることを知った時には驚き喜びました。牧師をやめようと考えたときもありましたが、聖霊の導きを求めたときに、人が変えられ、不思議なことが起こり、色々な祝福を受けることができました。最近、衰えも感じますが、弱さの内に神様が働かれると教えられています。聖霊の満たしを求め、聖霊様の働きやすい人間に変えられた者が真剣に求めるなら、神様は、時が来たらそのことを成就してくださるのです。

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