母の愛を通して知る

富高美和師

「女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとえ女たちが忘れても、このわたしは、あなたを忘れない。」

(イザヤ49:15)

 「母の日」は、今から約100年前に、亡くなった後もなお、お母さんに感謝の気持ちを現わし続けたいという一人の女性から始まりました。
 「お母さん」とは、私たちにとってどのような存在でしょう。母親を大事にすることは神様の御心(出エジプト20:12)です。それは、「お母さん」は神様に選ばれ、そして私たちをこの世に生んでくれた存在だからです。「お母さん」は、神様に子育てを任され、子供に愛情を注ぎます。神様は、ご自分が持っておられるご性質を、母親に与えられました。「家族」とは神様が与えて下さったアイデアです。「父親」を通して、天の父なる神様の力強さ、偉大さを知り、「母親」を通して、神様の優しさ、抱擁を知り、そして「子ども」を通して、神様がどれだけの犠牲を払って御子イエス様をこの地に遣わして下さったかを知ることが出来ます。本来ならそうなのですが、神様から離れた時、この「家族」というものが本来の目的を果たすことなく、崩れた関係の中で人は傷つくのです。傷ついた家族に「本当の愛」「本当の目的」が必要であると感じます。
 神様は、母親を通して神様の愛を示して下さいます。

①母親は子供を守ろうとする。(自分のことよりも、子供を優先して考えます。)
これは、神様が与えて下さった心です。モーセの母親は、モーセが生まれてから3か月危険を顧みずに我が子を守ろうとしました(出エジプト1章)。
 神様は、私たちを滅びの穴から守るために御子イエス様をこの地に遣わされました。「~主は すべてのわざわいからあなたを守り あなたのたましいを守られる。」(詩篇121篇)

②母親は、子供を見捨てない、そして諦めない。
(マタイ15:22~28)母親は、苦しんでいる娘のために冷たくあしらわれても必死に「助けて下さい。」と懇願しました。彼女は、娘を見捨てず、諦めませんでした。主に求め、信頼した模範的な姿を見ます。その信仰により、イエス様は娘を癒されました。
 神様も、決して私たちを見捨てず、諦めないお方です。
「わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」(ヨシュア1:5)

③母親、子供と同じ痛みを感じる。
娘が汚れている霊に苦しんでいるにも関わらず、母親はイエス様に「私を助けて下さい。」と言いました。娘の苦しみは、母親自身の苦しみでもありました。
それが、母親に特別に与えられた「とりなしへの祈り」へと繋がります。
 神様も、私たちと共に痛みを感じて下さる方、そして助けて下さるお方です。

④母親は、愛を励ましを子供に与えることが出来る。
母親は、子供が何をすれば喜ぶかを知っています。母親の慰めによって子供は何よりも平安を持つことが出来るのです。
「母親に慰められる者のように、わたしはあなたがたを慰める。」(イザヤ66:13)

 神様は、母が子を慰めるように私たちを慰めて下さる方。だから苦しい試練をも乗り越えることが出来るのです。そしてイエス様を知らない方々にイエス様を伝え、霊の子供を生み出していきます。なんという素晴らしいことでしょうか。

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