「その一人子さえも」

高森博介師

テキスト:ヨハネの福音書3章16節
 新聞に「ソルゲンスマ」とう新薬が開発された記事を読みました。小児麻痺などの治療に効果があるという薬だそうです。今までで白血病に効果があるという薬の値段が約3000万円。この新薬はそれを遙かにしのぐ、約2億円だそうです。とんでもない金額だと思いますが、親は子どものためであれば、借金してでもその薬を求めるのではないでしょうか。
 神様はその愛するひとり子さえも惜しまずに私たちのために与えて下さったと聖書は言っています。そして、イエス様の十字架の犠牲によって私たちは自由を得、新しく変えられるのです。
 この自由とは自分のために生きるということではありません。「社員旅行のために日曜礼拝を休ませてもらいたい」という相談を受けたことがありました。その方は教会によく仕え、日頃から熱心に礼拝を守る人でしたので、一日ぐらいは良いのではないかと私自身思っていました。しかし、聖霊の語りかけの中で、この方が選ぶべきことは礼拝を守り、主の前に正しいことを選ぶべきであると示されました。強制的にではなく神様がその時に言葉も与えて下さり「礼拝を守ることと、社員旅行、どちらが正しいことだと思いますか?」とおすすめすることが出来ました。この方は礼拝を守ることを選ばれました。聖霊様は正しい方向へと導いて下さり、口下手な私に知恵の言葉を与えて下さることを経験しました。
 私たちがイエス様の犠牲によって救われたのは神の義を行うためです (マタイ6:33) 。勇気を持って踏み出し、与えられたものを用いていくときに、そこに癒やしが起こり、聖霊様の助けを通して色々な神様の栄光が現されるのです。
 イエス様がナタナエルにはじめて会ったとき、イエス様は「見なさい。まさにイスラエル人です。この人には偽りがありません。」(ヨハネ1:47)と言われました。彼が神様の前に真剣に祈り歩んでいたことを知っていたからです。神であるイエス様はすべてのことをご存じなのです。

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