「神の国と神の義を第一に求める。」

美浜クライストチャーチ牧師 永井盛弘

テキスト:マタイの福音書6章33節

 50数年前に、私は妻を通して、茨木キリスト福音教会に集うようになりました。妻は朝4時からの早天祈祷会には毎朝出席し、伝道集会があれば子どもたちを置いて手伝いにいくような状態で、私は子守に困ってしまい、教会へ通うのをセーブしてほしいと願っていました。ある時、妻から永井明牧師が「教会に遊びに来ないか?」と言っていることを聞き、一回だけ参加するつもりで教会へ足を運びました。映画が好きな私は、映画に登場する静かで荘厳なイメージの教会を想像していたのですが、当時、異言の祈りや元気な賛美をする茨木の教会に「ここは教会ではない。もう二度と来ることはない」と思いました。しかし、一週間たって、また教会に行きたいと不思議に心を惹かれるようになったのです。そして、説教は何を言っているかわからなかったのですが、「イエス・キリストはあなたがたの罪のために死んでくださった。信じる者は手を挙げてください。」という招きに、自分の過去のすべての罪が走馬灯のように思い出され、悔い改めて、二回目にして神様を受け入れました。それからは止められなかったタバコを止めることができたり、「信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」という賛美の歌詞に励まされ、信じて祈った時に腹痛が癒されたりと、色々な経験を通して一歩一歩信仰の道を歩んできたのです。神様をより知りたいと思えば、神様が導いてくださり、自分にできることは限りがあるけれど、より頼んでいると道が開かれる経験をしたのです。「神の国と神の義をまず第一に求めなさい。」のみ言葉が示され、大阪での生活は家族もおり、ギリギリの生活でしたが、「什一献金を捧げよ」と示されたときに、捧げることを決心しました。初めは渋々やっていたのですが、喜んで捧げるように導かれ、それを実行したときに仕事が祝福され、献金を捧げる前よりも多く得るようになったのです。
 実家の都合で沖縄に戻った時、明師の勧めで伝道所をスタートしましたが、礼拝の場所が、実家の沖縄そば屋の二階だったので、父親は日曜日に仕事をしないことと、礼拝時に神棚にカーテンをかけて目隠しをしていたことに対し、「先祖をうやまわない」と腹を立て、「イエス・キリストは唯一の神様であり、神様を第一にする」と宣言した私たち家族を追い出そうとしました。その時にも神様は人を遣わし、知恵をあたえてくださって、「永井電機」として仕事を始めました。色々な試練を通されましたが、どんな時にも神様の恵みがついてきました。
 詳訳聖書には「神の国とその義を求めるように勧められている。没頭する。長時間求める。積極的に求める。強く願う。」とあります。自分勝手な願いで神の御心を妨げるのではなく、色々なところで神様があがめられるように求める続けることが大切なのです。

コメントを残す

コメントを投稿するにはログインしてください。