「王を迎える」

高森基信師

〇私たちの心を支配し、治めている王はだれでしょうか?
 イスラエルの民は他の国々(異邦の国々)と同じように王を立ててくださいとサムエルにお願いしました。このことは神の支配を拒む行為でした。(第一サムエル記8章1~3)

〇王の権利(第一サムエル記8章10~17節)
 王様は自分のために民の息子たちを戦場に送ったり、耕したものを奪ったり、娘たちを召使にしたり、民の良いものを持っていきます。人の奴隷をうばい、それどころかあなた自身も奴隷とすると書いています。王の意志のもと、王は好きなようにできること、そして、そのことで苦しみ叫んでも、その道を選んだ民に主は答えないとサムエルは警告しています。しかし、イスラエルは神の支配より王の支配を選びました。

〇悪魔が人の心の王座に据えようとするもの
 イエス様は40日40夜、荒野で断食し、悪魔の試練(ルカの福音書4章1~13節)にあわれました。その時の誘惑の中に、悪魔が私たちの心の王座に据えようとするものがみえてきます。

①一つ目の誘惑(目先の欲)
空腹になったイエス様にあなたが神の子なら石をパンに変えるよう勧めます。一時的な欲を満たすことを勧めたのです。また、貪欲を持ってきます。

②二つ目の誘惑(この世の権威、支配、自由)
悪魔は暗闇の支配の中での自由を与えようとします。それはお金であったり、この世の権力、性的な快楽であったり、罪の世界での自由です。

③三つ目の誘惑(神様を試みること・高ぶり)
悪魔は神を試みるように、コントロールするように私たちを誘導します。そのようなことは神様に対する高ぶりです。

 これらのような試みに対して、イエス様はみ言葉によって悪魔を退けました。私たちに必要なものは一時的な欲求を満たすのではなく、神が命じておられるものを求めることなのです。(マタイ6:33、コロ3:2)私たちが求めるべきものはこの世のものではなく、聖霊による義と平和と喜び(ロマ14:17)です。
 しかし、心の中の王座にイエス様をお迎えしていないと真の自由を得ることはありません。もし、この世のことに囚われているのなら悔い改めて、イエス様を王座にお迎えしましょう。なぜなら、キリストは私たちを罪の奴隷から解放され、真の自由を得させてくださる方だからです。(ガラテヤ5:1)

コメントを残す

コメントを投稿するにはログインしてください。