種の生じる実

富高美和師

「あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたを選び、あなたがたを任命しました。それは、あなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものすべて、父が下さるようになるためです。」 (ヨハネの福音書15:7、16)
 
 神様が、私たちを選び、任命して下さいました。それは、私たちを通して多くの実を結ぶためです。(ヨハネ15:5)私たちは、十字架の贖いによって神の子とされ、きよめられ、御霊に歩む時、人生の中で多くの実を結ぶことが出来ます。その実によって私たちの「生き方」「成長」を見ることが出来るのです。「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です。」私たちは、神の御言葉を信じ、御霊によって従っていく時、多くの実を結びます。そしてその実はただの実ではなく「種を生じる実」であることを知るのです。神様は、天地を造られた時、種を生じる実を作られました。(創世記1:11、12)「神は仰せられた。『地は植物を、種の出来る草や、種の入った実を結ぶ果樹を、種類ごとに地の上に芽生えさせよ。』するとそのようになった。」神様が実らせて下さる「実」は必ず時が来れば、その一つの実から多くの種ができ、そしてまた種の生じる実を沢山結ぶんでいくのです。神様の御心は減らさず、そのままではなく、増やしていくことです。神様は多くの福音の種が蒔かれ、救われる魂が多く起こされることを望んでおられます。私たちを通して救いの実を見ることが出来る、それは夢ではなく、実現するものです。何故なら、神様が約束して下さっているからです。
 神様の蒔かれる種(神の言葉、福音)は良いものです。しかしサタンも同じように種を蒔くのです。その種は悪い実を作り、滅びにいたります。エバはサタンにより「疑い、不信感」の種をまかれました。またダビデは「傲慢」の種を蒔かれました(歴代誌Ⅰ21:1~14)。サタンの蒔かれた種を受け入れるならば、必ず裁きがあるのです。サタンの蒔く種は神様に対する「怒り」によって蒔かれます。(黙示録12:12)しかし、私たちは恐れることはありません。私たちは、サタンの王国に生きる者ではなく、神の王国に生きる者です。神様の愛にとどまり、神様のことばが私たちのうちにとどまっているのなら、必ず実を結び、そして良い種(神のことば、証、福音)を蒔くことが出来るのです。
 私たちは、神様の子として具体的にどのような実を実らせ、どのような収穫を得たいのかを期待して求めることが出来ます。(ヨハネの福音書15:16)私たちは、神様によって選ばれ、任命されました。それは私たちを通して多くの種が蒔かれ、神様の栄光が現わされるためです。

コメントを残す

コメントを投稿するにはログインしてください。