神様の賜物は「新しいいのち」

高森博介師

「罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」(ローマ人への手紙6:23)
 私たちの人生には、様々な問題が起こってきます(職業、人間関係、経済的なことなど)。その時、人は「どうすればこの問題を解決出来るだろうか?」と考え、そしてついには何かを信じ、すがりたいと考えるようになるのです。その思いがやがては自分の都合の良い神を作り始めることになるのですが(安産の神、学業の神、豊作の神など)、聖書にははっきりと、人間が造った「偶像」がいかに役に立たないものであるかが書かれています(イザヤ44:9,10)。
 聖書には、私たちが造った神ではなく、私たちを造られた神様について書かれてあります。つまり、この天地を造られた創造主なる神についてです。神様は「ことば」によって世界を造られ、そして人間の姿をもってこの地に降りて来られたのです(ヨハネの福音書1:1~14)。それがイエス・キリストです。私たちを造られた神様を知る時、私たちは「人生の生きる目的」「方向性」「ゴール」がはっきりし、この地に生かされている意味を見出すことが出来ます。
 人間ははじめ、神様の命令を守り、神様と共に歩むように造られたました。しかし、人間は神様の命令に背き、自分勝手に善悪を選択し生きるようになりました。これが聖書の中で語られる「罪」と言います。一般で「罪」といえば「盗み、暴力、殺人」などのことを言いますが、聖書の「罪」とは「的外れ」という意味があります。だれでも正しく生きたいし、幸せになりたいと願っています。しかしその思いとは裏腹に努力しても失敗し、人を傷つけ、自分も傷つき、「こんなはずじゃなかった」と落ち込むのです。どうして幸せになれないのでしょうか。答えは簡単です。「的外れ」の生活をしているからです。あなたを愛し、あなたに計画をもっておられる神様に耳を傾け従うなら、神様は私たちに生きる意味を教え、使命を与え、祝福された生活を送ることが出来ます。神様は、私たちに「この道に歩め」と言われます。それはいのちに至る道です。そして日々どれだけ私たちを愛しておられるかを示して下さるのです。罪を持った者は、皆滅びに至る道を歩みます。しかし、まことの神様は、イエス様の十字架の贖いによって、あなたの罪を赦し、きよめを与え、新しいいのちを与えて下さるのです。
 かつてイスラエルの民がモーセによってエジプトを脱出する際、10の災いがエジプトに起こりました。その最後の災いは、「初子、長子の死」でした。しかし神様は死から救われる方法として、門の鴨居に子羊の血を塗るように民に教えました。すると、死の使いはそこを通り過ぎ、イスラエルの民は誰一人死ぬことがなかったのです。イエス様の血はすべての罪から私たちをきよめます。(第一ヨハネ1:9)信じる時、あなたは「永遠のいのち」を得るのです。

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