目が開かれる ルカの福音書18章35~43節

富高美和師

 一人の目の見えない人が道端に座り、物乞いをしていました。マルコの福音書によると、名前は「バルテマイ」です。目の見えない彼にとって、世界は暗闇。
「何が起こっているのか分からない」「これからどうなるか、将来が分からない」「情報が分からない」という「分からない」世界が彼の心をいつも不安で満たしていました。そのように、霊的な目が開かれていない時は、①イエス様の言われていることが分からない(ルカ18:31~34)②状況が分からない(ルカ24:13~16))③自分が何をやっているか分からない(使徒9:1~9)という状態に陥り、私たちの心に不安をもたらします。
 では、霊の目を開いていただくためにはどうすればいいのでしょうか。
バルテマイは、群衆が彼の前を通っていくのを耳にし、これはいったい何事かと尋ねました。そして、イエス様が通られるということを知ると大声で叫びました。「ダビデの子のイエス様。私をあわれんで下さい。」と。
目を開いて下さるのは、救い主であるイエス様しかいないとバルテマイは確信していました。霊の目を開いて下さる方も、イエス様ただお一人です。この方に叫んで祈る時に、私たちの霊の目は開かれるのです。イエス様は、大事なポイントを教えて下さっています。「わたしに何をしてほしいのか?」とイエス様がたずねると、バルテマイは「主よ、目が見えるようにして下さい。」と言いました。私たちが祈る時、はっきり口に出して言う事は大事なことです。
「人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ10:10)
 神様はことばを大事になさるお方です。天地を造られた時「光よあれ。」とことばを発され、光が出来ました。私たちが信仰を持って祈りをことばにする時、神様の力が働きます。そしてイエス様は、私たちがこのことばを発することを望んでおられます。「私には、イエス様あなただけが必要です。」
私たちが、イエス様ご自身を主権者と認め、イエス様を求めるならば、天の祝福が溢れるほど注がれます。そして、御霊の啓示により霊の目が開かれるのです。本当にイエス様こそが救い主であり、神であることを知ります。霊的な世界が見えるようになり、神の国とサタンの国の戦いを見、イエス様がもう既に勝利されている事実を知るのです。第二列王記6:13~17には、預言者エリシャを取り囲むアラムの大軍に、エリシャのしもべは恐れますが、エリシャが「彼の霊の目を開いて下さい。」と祈ると、しもべの目が開かれ、おびただしい火の戦車と馬が、山に満ちているのが見えました。勝利は主のものです。
 霊の目が開かれた者が、勝利の人生を歩み、喜んでイエス様について行くことが出来ます。「その人は、ただちに見えるようになり、神をあがめながらイエス様について行った。これを見て、民をみな神を賛美した。」(ルカ18:43)
サタンは、私たちの目を覆い、不安にさせ、神様との関係を壊そうとします。騙されてはいけません。常に霊の目を開き、主に従っていきましょう。

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