祈り、祈られる生活

富高美和師

「~すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くして祈りなさい。」(エペソ6:10~18)

 私たちが救われたのは、先に救われた方の執り成しと、福音の種をまいて下さった働きがあったからこそです。そして何より、天においてイエス様が今も執り成して下さっている姿は、私たちの信仰生活の励ましとなります。
 そして、祈りによって救われた私たちの信仰生活は、「祈り、祈られる」生活へと導かれていきます。世の終わりが近づき、霊的戦いの激しい中で、祈りは勝利をもたらす重要なものです。私たちの格闘は、血肉に対するものではなく、もろもろの悪霊たち、それらを支配するサタンであることは明確です。(エペソ6:12)ですから、私たちも祈る際には、霊の武具を身に着けて祈り、勝利を勝ち取るのです。そのことについてパウロが、必要な霊的武具を教えてくれています。私たちが戦うことが出来るのは、私たちの背後には全能なる神様、死をも打ち破る力のある方がおられると信じているからです。これは大事なことであり(エペソ6:10)、信仰によって、武具をすべて身に着けるのです。何ひとつ欠けてはなりません。

①腰には真理の帯
「真理」はイエス様そのものです。イエス様は「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。」と言われました。この真理は、昔から永遠に変わらず、揺るがされることがありません。イエス様は愛なるお方です。この愛をしっかりと締める時、「完全な帯」(コロサイ3:12~14)としてしっかり立つこと出来ます。

②胸には正義の胸当て
サタンは大事な部分を狙ってきます。「あなたは汚れている」「きよくない」
「あなたの祈りは聞かれない」と言って罪に定めようとします。その時に必要なのが正義の胸当てです。これは神様の贖いによって私たちは完全に義とされた事実です。神様の目にすでに「きよい」とされている私たちは、妨げられることなく大胆に主の前で祈ることが出来るのです。(ローマ3:24)

③足には平和の福音の備え(エペソ2:14~17)
福音によってすべての「敵意」が打ち砕かれ、イエス様の愛によってすべての壊れた関係を修復します。神様と人との関係、人間と人間、イスラエル人と異邦人。私たちは、全てのこじれた関係においても希望をもって祈ります。

④信仰の盾(へブル10:37~39)
イエス様を救い主と信じる信仰は、啓示の御霊によって与えれます。敵が放ってくる「疑い」から私たちの心を守ります。

⑤救いのかぶと(エペソ2:8)
 恵みにより、信仰によって救われていることを常に思い、「救いの確信」を持ちます。試練、激しい戦いの時ほど、これが希望となります。

⑥御霊の剣(へブル4:12)
攻撃の武器となる神様のことばです。敵に勝つために私たちは武器について熟知する必要があります。状況によって勝利するための武器は備えられています。

全ての武具を身に着け、祈り、祈られる生活によって勝利を勝ち取りましょう。
 

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