この方に従うなら、恵みが追いかけて来る

高森博介師

「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。~」(詩篇23篇)
 主を信じる者は、聖書を通して見る世界があります。そこに神様のご計画、希望があり、私たちはどんな状況でも主に期待するのです。
 ダビデも、自分の身に起こる状況ではなく、いつも御言葉を口ずさみ、主が共にいて下さる恵みに目を留めました。そして「いのちの日の限り、いつくしみと恵みとが追って来る」人生を歩んだのです。
 彼は、「主が羊飼いである限り、乏しいことはない。この方に従っていれば、恵みが追っかけてくるほどに祝福される」という信仰を持っていました。神様は、ご自分のことばに従う者を大いに祝福して下さるお方です。
 Ⅰ列王記17章は、預言者エリヤがイスラエルの王アハブに対し「私のことばによるのでなければ、ここ数年の間、露も降りず、雨も降らない。
」と宣言しました。雨が降らないことはあるかもしれませんが、露も降りない、とは地域的に見ても常識では考えられないことです。しかし、エリヤは主が言われる通りを宣言し、そのことば通りのことが起こりました。
 ここから次々と、神様は信じられないような命令をされます。神様は、エリヤにケリテ川のほとりに身を隠すように命じました。そこで烏によってエリヤを養うと。エリヤは命令に従いました。すると、本当に主が言われる通りに烏によって養われたのです。次に、川が枯れると、今度はツァレファテのやもめのところに行くように命じました。そこのやもめによってエリヤを養うと。エリヤが行くと、そこに明日にでも死のうとしているやもめがいました。しかし、エリヤはそのやもめに、まずパンを作って私を養うようにと言いました。やもめがエリヤの声に従うと、なくなりかけていた食料が満ち溢れ、飢饉の間も豊かな食物でエリヤとやもめの家族を養うことが出来ました。その後、やもめの息子が死にましたが、エリヤの祈りによって生き返りました。息子が生き返るという奇跡を見て、やもめは「今、私はあなたが神の人であり、あなたの口にある主のことばが真実であることを知りました。」と告白しました。
 エリヤのすることは、すべて神様の命令通りでしたが、エリヤにとっては勇気と信仰が必要でした。彼の体験した数々の奇跡は、いつも「主の声に従う」時に起こったのです。「たとえ死の陰の谷を歩むとしても、私はわざわいを恐れません。あなたが共におられますから。」ダビデをはじめとする、多くの奇跡を体験する者の告白です。信仰を持ち、世の中にいることは難しいことです。しかし、私たちが聖書を人生の道しるべとして歩む時、神の命令に従う時、多くの祝福を受け、人々がそれを見るのです。

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