神の国とは ルカの福音書 17章20~21節

富高尚師

 パリサイ人たちが、神の国はいつ来るのか?とイエス様に尋ねた時、イエス様は「神の国は、目に見える形で来るものではありません。・・・見なさい、神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」(ルカ17:20~21)と答えられました。また、イエス様が宣教を開始された時の第一声は、「時が満ち、神の国が近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。」(マルコ1:15)という言葉でした。
 「神の国」とは、私たちが知らなければならない聖書の大きなテーマの一つです。そのことを意識して、聖書を読み、学ぶとき、様々な発見があり、驚きがあり、喜びがあります。ですから、まず、神の国とは何なのか、どのようなものかをしっかりと知りましょう。
 まず第一に、神の国とは、神様ご自身が王として支配し、統治し、神様の権威をもって治めておられるところです。イエス様がこの地上に来られた時、そこには神の支配、神の国が実現していました。罪が赦され、癒しや奇跡が起こり、まさしく聖書の預言の通りのことが起こったのです。しかし、当時のパリサイ人や宗教指導者たちはそのことに気が付きませんでした。ローマに支配されていたイスラエルを政治的に開放し、自分たちの国として再興してださる、目に見える形の王国を求めていたからです。
 しかし、イエス様がお答えになったように、神の国は目に見える形として来るのではありません。キリストを信じる者の心の中に、また、信仰によって救われた者の集まりの中に神の国はすでにあるのです。
 ですから、神の国は、死んでから行くところではなく、イエスを主と信じる者たちの集まりと関係の中に、今、現実に味わうことのできる神の恵みと祝福の満ち溢れているところなのです。イエス様は、「二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」(マタイ18:20)と言われました。私たちが二人、三人と集まるなら、そこにイエス様はいてくださいます。イエス様が私たちの関係の中にいてくださるなら、そこは間違いなく神の国なのです。イエス様は神の国の王の王、主の主なのですから。
 また、イエスを主と信じ告白した私たちの間に神の国が来ていることは、感情や気分の問題ではありません。私たちは、イエス・キリストの十字架の御業によって、すでに神の民とされているからです。今、私たちは、神の民として、主の完全な支配と守りの中にいるのです。
「御父は、私たちを暗闇の力から救い出して、御子のご支配の中に移して下さいました。」(コロサイ1:13)アーメン!

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