イエス様はよみがえられた(マタイ28章1~10節)

 私達の捧げる礼拝は、死を打ち破りよみがえられ、今も生きておられる真の神様に捧げるものです。
 もし、イエス様がよみがえらなかったならば、私達の持つ信仰、私達の捧げる礼拝はむなしいものになります。何故なら、聖書がどんなに素晴らしい教えであっても、イエス様が死んでしまったら、その教えの真実性が薄らいでしまうからです。
 イエス様は、神様である方なのに、人間の姿をとってこの地上に来て下さいました。そして、私達の罪をその身に背負い、十字架にかかり、罪が赦されたという証しとして3日目に死から復活されました。これは聖書に書かれてある通り、事実であり、その事によって私達は「永遠のいのち」という恵みに預かっているのです。
 聖書を見るとき、イエス様が死人をよみがえらせたという記事がいくつかあります。(ナインの娘、ヤイロの娘、ラザロ)
普通に考えると、信じられないことですが、アフリカの栄光タンザニア教会では150人以上の人がよみがえったという事実があり、聖書の真実性を証明しているから幸いです。
 私達は、それを見てはいませんが、聖書に書かれていることなので、信仰によってこれらを受け入れています。
 弟子達は、イエス様がよみがえったことを目撃しました。他にも500人の人が復活の主に会ったのです。
 「死」は「失望」をもたらします。イエス様の死後、弟子達は恐れ惑い、不安と失望の中にいました。しかし、イエス様の「復活」が彼らに「希望」をもたらしたのです。イエス様の復活により、弟子達は神様のことばが真実であることを知ることが出来たのです。
それは、今私達に与えられている恵みです。
 イエス様の十字架と復活を、私達が信仰をもって受け入れる時、「死」を恐れることなく、神の国に入ることの出来る「希望」へと変わるのです。私達は恵みによって、天国へいく権利、また神の子としての権威が与えられました。
 イエス様を信じた人は、新しく造り変えられた者です。御言葉を信じて行動していく時、神様がそこに働いて下さいます
 このイースターは、喜びの日です。私達は、多くの恵みを与えて下さった復活の主に感謝を捧げるのです。私達は、信仰によりイエス様と共に十字架で(古い自分に)死に、新しく復活しました!
私達には聖霊様がいつも共にいて力を与えて下さいます。ハレルヤ!

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