安息日

 「もし、あなたが安息日に出歩くことをやめ、わたしの聖日に自分の好むことをせず、安息日を「喜びの日」と呼び、これを尊んで旅をせず、自分の好むことを求めず、むだ口を慎むなら、そのとき、あなたは主をあなたの喜びとしよう。『わたしはあなたに地の高い所を踏み行かせ、。』と主の御口が語られたからである。」(イザヤ58:13,14)
 日本では、「安息日」という言葉は残念ながらあまり知られていません。しかし、イスラエルでは、安息日は絶対に守るべきものであって、一切の仕事をしないのが当たり前の世界です。その徹底ぶりには驚かされますが、彼らは聖書に「安息日をやぶる者は殺されなければならない」と書かれているので、忠実にそれを守っているのです。一見、神様は何て厳しい方だろう!と思われますが、それは神様が人間に「休む」ように定めておられることなのです。
 神様は、天地創造の際、6日目に人間を造られ、7日目に完成を告げられ、すべての業を休まれました。そして、その日を祝福し、「聖である」とされたのです。(創世記2章)
 神様は安息日を聖別されました。今日、安息日は「主の日(復活日)」である日曜日とされています。私たちは、この日曜日に神様の前に出て、聖められ、一週間を始めることがとても大切なのです。
 聖書には「自分の好むことをせず、これを喜びの日と呼びなさい。」とあります。私たちは自分の計画、自分のしたいことがあります。しかし、それを優先するのは神様の御心ではありません。神様を第一とする時、また神様のご計画にそって生きる時、初めて人間は祝福の道をたどることが出来、神様の栄光を現すことが出来るのです。
 神様の御心の内を歩むなら、その人は神様の守りの中で勝利を得ることが出来ます。不信仰になったり、病気に悩まされることはありません。何故なら、神様が立ちはだかるものの前に立って戦って下さるからです。神様は、「あなたの父ヤコブのゆずりの地であなたを養う。」と言われます。ゆずりの地とは「約束の地」つまり「信仰の地」のことです。安息日を守ることで私たちの信仰が養われていきます。反対に安息日を守らないならば、不信仰な思いに支配されてしまします。安息日を守ることは神様に喜ばれることです。神様は信仰をもって神様の前に出る者を喜んで下さいます。(ヘブル11:1)
 安息日は、教会で神様に賛美を捧げ、神様との交わりをもつ時です。その中で、あなたは神様に出会うことが出来るのです。神様の御言葉を聞き、従う時、神様はあなたを祝福され、用いて下さいます。
 教会はキリストのからだであり、いっさいのものを満たす方が満ちておられるところです。安息日をあなたの喜びの日とし、聖なる日として尊びましょう。神様は、あなたを祝福し、用いて下さいます。

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