私たちの国籍は天にある

「けれども、私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、私たちは待ち望んでいます。」(ピリピ3:20)

 私たちはイエス様の救いを受け入れ、天国の民となりました。
神様によって、天国の生活が約束されている、いや、もうすでにその生活に入っている者であることを感謝します。
 これは、神様からの特権、祝福です。ですから、これを聞くだけではなく、しっかりと自分のものとしていただきたいのです。
 私たちを天国に招いて下さる神様は、愛なるお方であり、この愛は永遠に続くものです。
 私たちは、自分の力では、人々を深く愛することは出来ませんが、聖霊に満たされる時、神様の愛によって人々を愛することが出来ます。
 何故かというと、新しく生まれ変わった私たちには、聖霊により、キリストの愛が注がれているので、その愛を流すことが出来るのです。
「この希望は失望には終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」(ローマ5:5)
 これこそ、キリストにある新しい人格(寛容、親切、ねたまない心、自慢しない心、謙る心、礼儀正しい、自分の利益を求めない、怒らない、悪を思わない、不正を喜ばずに真理を喜ぶ、すべてを我慢する心、全てを信じる心、すべてに期待する心、堪え忍ぶ心)であり、天国の民の生き方です。
 イエス様の側にいた弟子達は、自分では信仰を持っていたつもりでした。しかし、イエス様が十字架にかかられると、ローマの兵隊や宗教家を恐れ、隠れて生活するようになり、そこには全く信仰が見られませんでした。しかし、彼らは復活の主を見ました。そして、イエス様の言われた通りに聖霊を求めると、その力は爆発的な勢いで弟子達の心を変えました。彼等は天国民としての人格が与えられたのです。
彼等は、福音宣教に命をかけ、イエス様と同じように、主の御名により悪霊を追い出し、病をいやし、人々を救いへと導きました。
 激しい迫害の中、殉教した者も多くいました。しかし、彼等の心は「私たちの国籍は天にある!」という希望があったので、苦しみの中でも、その顔を輝いていたのです。彼等は、聖霊の力により、既に天国民となっていました。
 天国の民は、天国のことば「聖書のことば」に従順になります。
神様は、ご自分を愛し、仕える者を大いに祝福して下さるのです。
私たちは、天国に私たちの名が記されていることを喜び、聖霊に満たされ、天国の民として希望ある生活を送っていきましょう。

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