油断することなく、心を守る

 箴言には、「自分の口と舌とを守る者は、自分自身を守って苦しみに会わない。」(箴言21:23)という御言葉と、「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく。」(箴言4:23)という御言葉があります。
前記では、「口と舌とを守る」ことが勧めてあり、後記では「心を見守りなさい。」とあります。実は、これは同じ意味を持つものです。何故なら、心で思うことを口が語るからです。ですから、私たちは心の思い、口の言葉に気をつけなければなりません。心を守るならば、口は守られます。私たちは、いつも主を見上げて、主の心を自分の心とする必要があるのです。
 聖霊を受ける前の弟子達は、自己中心で、いつも自分の地位を気にしており、自分の立場が不利になると逃げてしまうような者達でした。 しかし、聖霊が注がれた時、彼等の人格が新しく変えられたのです。もはや自己中心的な考えは消え去り、恐れもなくなりました。彼等は状況が悪くても、自分の立場が不利になっても、イエス様の御言葉に従い、大胆に十字架と復活を宣べ伝えたのです。
 十字架の言葉は、信じない人にとっては愚かなものでした。しかし、信じる人にとっては、奇跡を起こす神様の力です。(Ⅰコリント1:18)
 「信じる時に働く力」について、イエス様は弟子達を試した時がありました。マタイ14:13~20には、「5つのパンと2匹の魚の奇跡」が書かれてあります。イエス様のもとに、男5千人、女子どもを合わせると1万人以上の人々が集まって来ました。イエス様は、彼等を見てかわいそうに思い、弟子達に「あなたがたでこの人たちに食べさせてあげなさい。」と言われました。弟子達の手元には、少年が差し出してくれた5つのパンと2匹の魚しがありません。この世の常識では、絶対に出来ないことです。弟子達の心は「そんなこと出来るはずがない。」という思いでした。しかし、イエス様の心は「彼等が羊飼いのいない羊のようで(サタンに狙われる獲物)かわいそうだ。彼等を救ってあげたい」という思いでした。また、イエス様はこの事を通して弟子達を試そうとされていました。わたしに全信頼を置いているかと・・・。
 この世の中には、どうすることも出来ないことが多々あります。しかし、そのような時、自分でどうにかしようとしないで、イエス様の元に来る必要があります。弟子達は、「5つのパンと2匹の魚しかない。」と口にしました。しかし、イエス様はそれらを祝福して群衆に配るよう命じました。するとどうでしょう。皆は食べて満足し、残ったものを集めると12のかごにいっぱいになりました。
 人には出来ません。しかし、神様には出来るのです。イエス様を信じるれば、それが「力」となって現れるのです。私たちの心が奇跡を信じるなら、必ず起こるのです!私たちは心に注意すべきです。

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