詩篇107

 6、13、19、28、には「この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から連れ出された。」と同じことばが繰り返し書かれています。
 かつてイスラエルの民は、エジプトで400年間奴隷生活をしていました。神様は、モーセを用いて、彼等を救い出し、カナンの地に導かれました。しかし、その道中で沢山の苦難があり、彼等はモーセに文句を言い始めました。そこでモーセが神様に祈ると、その苦難から神様は救い出して下さり、荒野の40年間、彼等はいつも神様によって守られました。
 イスラエルの苦難は、飲み物、食べ物に飢えることでした。
今日も、私たちを「飢え」が苦しめています。
しかし、その飢えとは「愛に対する飢え」なのです。
私たちは、時に「誰も相手にしてくれない。」「誰も私を理解してくれない。」「自分を愛してもらいたい」。と思うことがあります。
 神様は、この苦しみの時に、私たちがどうすれば良いのかを聖書によって教えて下さっています。10節には、「やみと死の陰に座す者、悩みと鉄のかせとに縛られている者、彼らは、神のことばに逆らい、いと高き方のさとしを侮ったのである」と書かれてあります。これは、「人々が、神様のみ教えからはずれた生活をするようになったので、それゆえに苦しみや問題が起こってきた。」という意味です。
 神様は、私たち人間を神様のことばに従って生きるように、造られました。ですから、私たちは神様から離れては、正しく生きていくことは出来ないのです。もし、苦難や問題が起こっているならば、神様のもとに帰らなければなりません。そうするならば、愛なる神様は、私たちを苦難から救い出して下さるのです。そうして、神様の愛の中で生かして下さり、愛に対する飢え渇きを満たして下さいます。
 1節には「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで。」と書かれてあり、8、15、21、31、には「彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。」と繰り返されています。
 私たちは、神様の恵みと神様の奇しい業によって救い出された者です。神様は、愛するひとり子をこの世に遣わして下さいました。それは、私たちの罪を背負わせ十字架にかからせるためでした。私たちは罪人でしたが、イエス様が私たちの身代わりとなって罪の罰を引き受けて下さったのです。イエス様は3日目に死を打ち破り、よみがえって天に昇られました。そして、今は天で私たちのためにとりなしておられるのです。だれでも、自分の罪を言い表して悔い改め、イエス様を救い主として受け入れるなら、その罪はきよめられ、天国へ行くことが赦されるのです。
 私たちは、神様の計り知れない愛によって救い出された者です。私たちの苦難の中での叫びは、感謝の叫びに変わりました。
 これからの信仰生活も、いつも神様の恵みと奇しい業をほめたたえ、感謝しつつ前進していきましょう。神様はあなたと共におられます。

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