らい病のいやし(Ⅱ列王記5:1~16)

 かつてらい病は、伝染病や不治の病として世界中で恐れられていました。
 ここに、ナアマンという将軍が出てきます。彼は戦いに於いては負け知らずの将軍で、皆が彼の栄光をたたえ、羨望の的でした。アラムの王も、彼に対し絶大な信頼を置いていました。
 しかし、彼には悩みがありました。彼の体はらい病に犯されており、それは死を宣告されたも同然のことだったのです。普段は鎧をまとい、力強い働きをしました。しかし、いったん鎧をぬぐと、そこには不安と恐れでいっぱいでした。
 これは、私たちの姿を現します。表面では平静を装っていますが、自分の心の中は、弱さや恐れでいっぱいなのです。
 ナアマンが悩んでいると、彼の妻の女奴隷が預言者エリシャのことを紹介しました。そこで彼は、早速高価な贈り物を携えてエリシャに会いに行きました。しかし、エリシャは彼に会おうとはせず、ただ使いをやって「ヨルダン川で7度身を洗いなさい。」と命じただけでした。
 ナアマンは、「将軍」である自分が粗末に扱われたこと、また自分の思うような癒し方ではないということで腹を立てました。しかし、部下になだめられたので、彼はヨルダン川に行って、エリシャに言われた通りのことを行いました。
 そして、彼が7度体を水に浸した時、彼の体は元通りになって幼子のような肌になりきよくなったのです。彼は、今までの重荷がすべて取り去られ、喜びながらもう一度エリシャのもとに来ました。
彼の姿はもう以前のようではありませんでした。彼は体だけではなく、心も変えられたのです。
 初め、彼の心はプライドと誇りと罪にまみれていました。しかし、癒された後の彼の心は、へりくだってエリシャを神の人と認めていました。
 ナアマン将軍は感謝のしるしとして、エリシャに贈り物を捧げようとしましたが、エリシャは「癒したのは、わたしではなく生きて働かれる神である。」と言い、何も受け取りませんでした。
 ナアマン将軍の、「不治の病と完全な癒し」は、私たちの罪からの救いの姿を示します。私たちは罪によって縛られた生き方をしていました。そしてそれは、自分では負いきれないほどの重荷でした。しかし、私たちの罪の為に十字架で身代わりとして死なれ、三日目によみがえったキリストの愛を信じる時、人は救われ、神の子とされ新しく生まれ変わるのです。ヨルダン川で身を7度浸す行為は、「信じる」心を現すのです。
 神様は、無条件の愛で私たちを愛し、見返りを求めることなく、いつも私たちと共におられるのです。
 すべては、ナアマン将軍がエリシャの言葉に従ったことで解決されました。私たちも、神様のご計画が自分の思った通りのことではなくても、希望をもって従っていこうではありませんか。そこには、すべての解決があり、素晴らしい将来が約束されているのですから。

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