聖霊について

「~聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられます。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。~」(エペソ1章13~23)
 「聖霊」は救いの福音を聞き、それを信じた者に与えられる「約束の証印」です。これは「約束」ですので、必ず与えられるものです。
 イエス様は、かつて弟子達に「聖霊を受けなさい。」(ヨハネ20:22)と言われました。そして「あなたがたがだれかの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、あなたがたがだれかの罪をそのまま残すなら、それはそのまま残ります。」と続けて言われました。
 人は自分の罪を自分で解決することは出来ません。しかし、イエス様を信じ受け入れるなら、自分の罪は赦され、また更に約束の聖霊を受けるなら、その約束の力によって人に対しても「罪の赦し」の宣言をすることが出来るのです。(使徒1:4)
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれる時、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8)
 この「証人」とは、命をかけてイエス様を主として証する人のことを言います。弟子達が聖霊を受けた時、彼等の霊は満たされ、イエスが主であるという「確信」に満ちあふれました。かつてのペテロは、口では「イエスは主」と告白するものの、迫害にあうと同じ口でイエス様をのろうような者でした。しかし、復活の主に会い、イエス様のことばを受けて聖霊を受けた時、彼は揺るがされることのない力強い証人となり、初代教会のリーダーとして用いられたのです。聖霊は「イエスは主である」という啓示を与えて下さいます。そして福音を伝える力も与えて下さいます。これが約束の聖霊です。
 アポロというユダヤ人がいました。彼はエペソに来て、雄弁に聖書について語りましたが、ヨハネのバプテスマしかしりませんでした。何か「欠け」を感じたアクラとプリスキラは、アポロに聖霊について語り、神様の道についてもっと正確に語りました。また、パウロもエペソに来て「聖霊のバプテスマ」を知らない弟子達に対し「力のなさ」を感じ、聖霊の恵みを語り、実際に手を置いて聖霊のバプテスマを授けました。彼等は聖霊に満たされ、異言を語ったり預言する者もでました。
 使徒の2章の、「聖霊降臨」の記事は有名な記事です。彼らは一斉に聖霊に満たされ他国のことば(御国のことば)を語り始めました。ペテロは、これらは聖書の成就であること、「約束」であることを皆に語りました。弟子達の偉大な働きはここから始まったのです。
 イエス様は言われました。「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたとともにおられるためにです。」(ヨハネ14:16)
 聖霊様は、教会に満ちておられます。私たちはこの聖霊様によって一致、また力が与えられ、キリストのからだとして栄光を表して行く者です。「約束の聖霊」を私たちは受けています。期待しましょう。

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