信仰の母マリヤ(永井明牧会長)

 「信仰の父」と言えば、誰もが「アブラハム」と答えます。
では「信仰の母」と言えば?
 今日は、ヨハネの福音書2章に記載されている「カナの婚礼」から、イエス様の母「マリヤ」の信仰に着目していきたいと思います。実は彼女の信仰は、アブラハムに匹敵する、いや上回るものであるということがここで分かるのです。
 初めてマリヤが登場するのは、ルカの福音書の「受胎告知」の時です。天使ガブリエルから、聖霊による神の御子の誕生を聞いた時、マリヤは「どうしてそのようなことがありえましょう。まだ男の人を知りませんのに。」と答えました。しかし、マリヤの驚きをよそに、神様がご計画され預言されたことは、そのおことば通り実現されました。
 イエス様は成長され、初めての奇跡をカナの婚礼で行います。そしてその奇跡の始まりは「大事な式の途中でぶどう酒がなくなる」というハプニングから起こります。
 非常な事態にマリヤが気付き、そのことをイエス様に話しました。するとイエス様は「女の方。わたしの時はまだ来ていません。」と言い放つのです。しかし、そこでマリヤは手伝いの者に「あの方が言われることを、何でもしてあげて下さい。」と言いました。マリヤがあえて使った「あの方」という言葉には深い意味があります。
 ヨハネの福音書1章には「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。この方は、初めに神と共におられた。すべてのものは、この方によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」とあります。ここでは、「ことば」に対して「この方」と使われており、1章だけで25回出てきます。この「この方」という表現を2章ではマリヤがイエス様に対して使っているのです。かつてのマリヤは天使に対し「どうしてそんなことがありえましょう。」と言っていました。しかしこの時のマリヤは、もう既に「イエス様こそ神であり、天地を創造され、支配しておられる方である」ということを聖霊によって理解していたのです。
 マリヤは全能なる神様に対する信仰と期待を込め「この方の言われることは何でもして下さい。」と手伝いの者たちに言いました。
 時が満ち、イエス様は「水瓶に水を満たしなさい。」と言われました。600リットルの水を満たすのは大変な作業でした。しかし、マリヤに「何でもして下さい。」と言われているので、手伝いの者たちは、その通り行いました。するとどうでしょう。水を汲んだはずが、今まで味わったことがないくらいの最上の葡萄酒に変わっていたのです。それは料理頭をうならせるほどのものでした。ことの真相を知っていたのは、マリヤと手伝いの者だけ・・・。予想だにせぬ結果がそこにあったのです。「イエス様に従うということはすごいことなんだ!」という信仰が手伝いの者の内に生まれました。
 今、歴史を越え、空間を越え、時代を越えてこの奇跡の記事があなたのもとに届きました。
マリヤの一言、「この方のいうことは何でもして上げて下さい。」
 私たちも、イエス様を「この方」(ヨハネの1章)として信じましょう。マリヤの信仰を通して、私たちは多くのことを学ぶのです。