召天聖徒の記念礼拝「私は世の光です。」

 イエス様は「わたしが世の光です。わたしに従ってくる者は、決して闇の内を歩むことがない」と言われます。 
 聖書は、イエス様を「全ての人を照らすまことの光」(ヨハネ1:9)と言っています。
 この世は、暗闇の支配者(サタン)の領域にありますので、そこに救いを見出すことは決して出来ません。
「私たちの格闘は、血肉に対するものではなく、主権、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」(エペソ6:12)
人生のあらゆる問題は闇の中にあります。過去の失敗も、恥じも、心の傷も、罪責感、劣等感 は人生の闇の産物です。
イエス様は「わたしに従ってくる者は、決して闇の内を歩くことはない。」と言っておれます。
イエスに従うとは、「イエス様を救い主と信じる」ことです。
 あなたの犯した全ての罪を赦すために、罪の罰を身代わりとなって十字架で死なれ、葬られて3日目によみがえり、今も生きておられるキリストを救い主として受け入れることなのです。
そうすれば、あなたは全ての罪が赦されて、神の子供として生まれ変わり、神のことばによって生き、光の中を歩むことが出来ます。
「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」(詩篇119:105 )
 また、死と言う闇があります。どんなに富を得、名声を得、人々が羨むような生活をしても、必ずその人の終わりは死です。
「死」、それはこの世の目に見える持ち物にはよらずに、すべての人にやってくるものです。
「そして、自分のたましいにこう言おう。『たましいよ。これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ、安心して、食べて、飲んで、楽しめ。』しかし、神は彼に言われた。『愚か者。おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。そうしたら、おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』自分のためにたくわえても、神の前に富まない者はこのとおりです。」(ルカ12:19~21)
「信じる者には 永遠のいのちがある」(ヨハネ6:47)
 私たちは、「肉体の終わり(死)」は「永遠のいのちの始まり」であることを、知らなければなりません。
 ルカ16:19~31に、神を信じないで生きる金持ちと、貧乏で全身できものだらけ、しかし神を信じて生きる乞食ラザロの死後の世界が描かれています。金持ちは地獄に落ち、ラザロは天国でした。生きている間、ラザロは神の前に光の中を歩み、金持ちは神の前に闇の中を歩んだ結果です。
 先に召された聖徒達は、天国から親兄弟が、光の中を歩むようにとりなしの祈りを捧げている事でしょう。光の中を歩みましょう。