聖書を知る(創世記1章~2章3節)

 創世記を読むとき、神様がどのようにこの世を創造し、造られたかが分かります。
 この世は「神様」というと八百万の神様を思い浮かべます。そして、イエス・キリストは八百万の神様の中の一人と思われているのです。「どの宗教でも、たどり付く先は同じ、ただ信じる信仰心が大事」という考えのもとに。
 私たちは、信仰心を持つ上で、真剣に、かつ慎重に「神様」を見る必要があるのです。決してどの神様でも良いのではありません。
 あなたは、結婚相手を選ぶ時に「結婚することが大事」とし、「相手は誰でも良い」という考えで選ぶでしょうか。いいえ、あなたは性格、人柄、全てにおいて慎重に考えるに違いありません。何故なら一生を共に過ごす相手ですから。結婚と同様、「信仰」は一時的なものではなく、一生の問題です。あなたは一生を添い遂げることの出来る「本物」を選ぶ必要があるのです。
 私たちの信じる唯一まことの神様は、私たちの魂を救って下さる方です。真剣に求めれば求めるだけ、自分の内なるものが顕わにされ、心の中に潜む悪い思いや罪の性質という自分ではどうすることも出来ない問題に対して解決を与えて下さいます。
魂を救うことの出来る方、それが私たちの求める本物の神様です。
 創世記1章には「初めに、神が天と地を創造した。」と書かれてあります。読み進めていくと、神様が「ことば」を持ってこの天と地を造られたことが分かります。
「光があれ。」「大空が水の真っただ中にあれ。水と水との間に区別があれ。」「天の下の水が一所に集まれ。かわいた所が現れよ。」
 初め、水が地を覆っていましたが、地殻変動が起こり、地が凹んでそこに水が流れ込み、高い山、陸、海、が分かれたことを知ることが出来ます。このところを読むとき、すごい光景が目に浮かぶのです。
 神様は、人間も造られました。「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」(1:26)
 神様が人間を造られた目的は、すべてのものを支配し、管理させるためでした。しかし、善悪を知る木の実を取って食べた(神様の命令に背いた)ために、彼等は自分の判断で善悪を決め、結果神様から離れる生活を送るようになりました。そして時が経ち、人間はとうとう自分の造られた目的、何のために生きているのかさえ、分からなくなってしまったのです。
 しかし、聖書には人間の造られた目的がはっきりと書かれてあります。人間は、すべてのものを支配し、管理し、神様の栄光を現すために造られた存在です。
 聖書を読むとき、私たちは唯一の神様の存在を知り、人間の造られた目的を知り、神様がどんなに人間を愛されているかを知ることが出来ます。私たちが、聖書に従い生きていくなら、必ず神様は計り知ることの出来ない祝福を与えて下さいます。御言葉は真実です。