詩篇23扁

 かつての私たちは、迷っていた羊でした。しかし、羊飼いなる神様は 私たちを見い出し、安心して過ごすことの出来る豊かな牧草地へと導いて下さいました。
 ダビデは「乏しいことはない」と詩篇で歌いました。
羊飼いは、どこに餌があり、水があるかを熟知しています。ですから、羊飼いの後をついて行けば、決して乏しい思いや辛い思い、怖い思いをすることはありません。
 イエス様は「貧しい人がいるならば、求めなさい。与えられないのは、求めないからです。」と言われます。イエス様は、私たちに「求めなさい。」と命令されています。イエス様が「求める者は与えられる!」と断言出来るのは、この天地万物はイエス様がお造りになったからです。イエス様の言われたことは、必ずその通りになります。
「すべてのものは、この方(イエス・キリスト)によって造られた。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」(ヨハネの福音書1:3)イエス様はすべての必要を満たして下さる方です。
 私たちは、罪あるが故に、神様との関係が断ち切られ、何を目的に、また何のために生きているか分からないで、暗闇の世界をさまよっていました。しかし、神様は迷っている私たちを救うために、ご自分を低くして人間の姿をとり、この地上に来て下さいました。それがイエス・キリストです。そして人類の罪をご自分の身に引き受け、十字架に架かって下さったのです。そればかりではなく、三日目によみがえられ、神の子であることを証されました。イエス様は、失われた人を救うためにこの世に来て下さった救い主。その方の言われることは真実で、あなたが心から救いを求めるなら、必ず聞かれるのです。
 ヨハネの4章には、サマリヤの女性が出て来ます。彼女は結婚に5回失敗し、6人目の男性と同棲をしていました。幸せを人間に求めても得ることが出来ず、社会的にも見下げられた生活を送っていました。しかし、イエス様がそこに来られたのです。イエス様は、彼女が「幸せ」を求めていることをご存じでした。そこで、イエス様は本当に彼女に必要なものは「渇くことのない水」つまり、「彼女の魂の救い」であることを話され、彼女は救い主であるイエス様を受け入れました。彼女は過去のすべての煩いから解放され、喜んで町に出て行きました。 イエス様は、私たちを見い出して下さいました。そしてすべての罪と汚れの鎖を断ち切り、聖なる御霊が宿る場所として下さいました。 古い過去はイエス様と共に十字架かけられて死にました。そしてイエス様と共によみがえり、新しい命が与えられたのです。 
 新しい命に生きるのがクリスチャンです。
神様は、神様の栄光のために、私たちを正しい道へと導いて下さいます。「御名のために義の道に導きます。」(詩篇23:3)
たとえ、問題、試練に会おうとも、また敵が襲って来ようとも心配したり慌てることはありません。神様が共におられ、私たちの為に食事を整え、頭に油を注いで下さるからです。神様は決して私たちを見放したりすることはないのです。私たちの人生は、いのちの日の限り、いつくしみと恵みが私たちを追ってくる人生です。何と幸いなことでしょうか。主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。