真理とは何ですか?

「イエスは言われた。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。』」(ヨハネの福音書14:6)
 ヨハネの福音書18:33からは、イエス様が十字架にかかられる前に、ピラトのもとに連れて来られ、尋問を受ける場面が記されています。ピラトはこう尋ねました。「あなたは王なのですか?」
するとイエス様は「わたしが王であることは、あなたが言うとおりです。わたしは真理をあかしするために生まれ、このことのために世に来たのです。真理に属する者はみな、わたしの声に聞き従います。」
と言われました。再びピラトが尋ねます。「真理とは何ですか?」
 世の人々が、聖書を読むことは稀でしょう。未信者である彼等は「クリスチャン」である、私たちの生活を通して「イエス様」を読みます。人々が、私たちを見て「この人がこんなに輝いているのはイエス様を信じているからなのか。」「イエス様はこのようなお方なのか。」と思って下されば、なんと幸いなことでしょう。
 イエス様は、「わたしが真理である。」と言われました。そのことば通り、イエス様を見ていく時に、私たちは「真理」が何であるかを知ることが出来るのです。
 イエス様は「わたしは正しい人を招くために来たのではなく、罪人を救うために来たのです。」と言われました。実際、イエス様は当時罪人として最も嫌われていた収税人や遊女の友となり、彼等を受け入れ、神様の愛を伝え、罪の生活から救い出して下さいました。彼等は罪に縛られていましたが、イエス様を通して真理を知り、道を知り、いのちが与えられたのです。
 ピラトは、権威を持ち、富もあり、多くの人々が彼を尊敬していました。しかし、彼は「真理」を知りませんでした。多くの問題を抱え、苦しんでいたのです。彼は問いました。「真理とは何か?」と。
 ピラトは、イエス様が何のためにこの地上に来て下さったのかを知る必要がありました。イエス様には、罪が認められませんでしたので、彼はイエス様を釈放することを考えました。しかし、イエス様は人類の罪の罰を身代わりとなって受けるために、「死ぬために」「十字架にかかるために」この地に来て下さいました。それが神様の「人類を救う、唯一の方法」だったからです。イエス様は、ユダヤ人がずっと待ち望んでいた、救い主であり、「真理」であったのです。
 ピラトは、自分にはイエス様を釈放する権利も十字架にかける権利も与えられていると言いました。しかし、イエス様は「もしそれが上から(神様から)与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。」とはっきり答えられました。  
 イエス様は、私たちを罪から救うために来られた神の御子キリストです。イエス様の十字架を信じるなら、罪赦され、新しいいのちが与えられ、天国への切符をいただくことが出来るのです。イエス様が、私たちの「道、真理、いのち」です。イエス様を通してでなければ、誰も天の御国に入ることは出来ません。信仰を持って神様に人生を委ねるなら、あなたは真理の内を歩むことが出来るのです。ハレルヤ!