神は愛です

「愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は、神から出ているのです。~神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させて下さいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。~神は愛です。~」(Ⅰヨハネ4:7~17)
 「神は愛です。」と聖書には書かれています。
その通りに、神様は「神の愛」を「形」として表して下さいました。それが「イエス・キリスト」です。イエス様は、神であられるお方なのに、ご自分を無にして、人間の姿をとってこの地上に来て下さいました。それは、罪に縛られている人間を罪から解放し、自由にする為でした。イエス様は人間が受けるべき罪の罰を身代わりになって受けて下さり、自ら十字架にかかり、死んで下さいました。ここに神様の愛があるのです。私たちは、神様に愛されています。この神様の計り知れない愛によって、人をも愛し、「互いに愛し合う」ことが出来るようになるのです。
 「教会」は、神様の愛を受け取り、神の愛に満たされて、互いに愛し合う者の集まりです。
 また「愛」にも、様々な「愛」があることを私たちは知っています。親子愛、友愛、肉愛・・・。しかし、どれも人間から出る愛なので、限界がありますし、どうしても見返りを求めてしまいます。
 神様の愛は、それらの人間的な愛とは全く違うもので、「アガペーの愛」つまり、見返りを求めない無条件の愛です。それは、すべての者を受け入れ、永遠の愛で愛して下さる、驚くべき愛です。
 イエス様は、遊女や罪人として忌み嫌われている人々の「友」となられました。またある時は、ツァラァト(ハンセン氏病)に冒されている人々に自ら触れ、その人のために祈られました。そして彼等の病を癒されたのです。イエス様の愛の行動は彼等の心を癒しました。
 5回も離婚をし、そのせいで世間から白い目で見られ、恥ずかしくて人々の前に出られない、人の目を恐れて生活しているような女性にもイエス様は出会って下さり、彼女の根本的な問題を解決して下さいました。イエス様によって、その女性の人生は変わったのです。   すべての振る舞いは、神様からのアガペーの愛から出るものでした。 イエス様が、人々の罪の為に十字架にかかることは、すべて神様の御心でした。イエス様は言われました。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのところに来なさい。わたしがあなたを休ませてあげよう。」(マタイ11:28)と。
 イエス様は、強制されて十字架に架かられたのではありません。
私たちが罪の罰を受けることのないように、罪によって滅びることのないように、自ら進んで十字架にかかって下さったのです。
「自ら進んで」ここに神様の私たちに対する無限の愛が込められています。イエス様は、魂を愛しました。心から、魂を愛されたのです。
 私たちは、この愛に感謝して、イエス様に習う者としてクリスチャン生活を送り、互いに愛し合う生活をしていきたいのです。
 やがて、イエス様はもう一度この地においでになります。その時まで、聖霊に満たされ、神様の愛を伝える者でありたいと願うのです。