メシヤの到来(ルカ2:1~20)

「きょうダビデの町で、あなたがたのために、救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
あなたがたは、布にくるまって飼葉おけに寝ておられるみどりごを見つけます。これが、あなたがたのためのしるしです。」( ルカ 2:11,12)
 神様のなさる事と、私たちの思いとは異なる事が多々あります。
この章にはイエス様がお生まれなさったときの事が記されています。 当時、イスラエルは、ローマ帝国の支配下にあり、隷属的な生活を強いられていました。ですから彼らは切実な思いで聖書に約束されているメシヤ(救い主)を待ち望んでいました。
 彼らが考えているメシヤは、偉大な政治的指導者で、律法を守り、彼らを勝利に導き、イスラエル帝国を再興する強力なリーダーでした。しかし、神様は、人類のあらゆる悪の根である罪を取り除く為に、私たちの身代わりとなって裁かれる為にイエス様をこの地に送られたのです。そして、十字架の死と復活により救いの道を完成されました。この、メシヤ(救い主)の誕生がクリスマスです。
このメシヤであるイエス様の誕生を最初に知らされたのは、王様でなく、祭司でもなく、羊の番をして野宿をしていた羊飼い達でした。また、イエス様は、神の都エルサレムではなく、ベツレヘムで生まれ、きらびやかな宮殿のベッドではなく、馬小屋の飼い葉桶に寝かされていたのです。それは、主の使いが羊飼い達に告げられた通りでした。 このキリストの来臨をヨハネの福音書では 「ことばは人となって、わたしたちの間に住まわれた。・・・」(1:14
 旧約の時代、神様は、幕屋にその臨在を現し民に語られたように、御子イエス様を通して、神との交わりができるようにその道を開かれたのです。それは教会のかたちでもあります。「 教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」(エペソ1:23 )
 私たちは、この「メシヤ到来」の深い意味を更に知り、このクリスマスの日を神様に感謝し過ごしていこうではありませんか。