何故へりくだるのか?(富高美和師)

「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりくだりなさい。神がちょうど良いときに、あなたがたを高くしてくださるためです。 聖書は、私たちに「へりくだり」を命じています。 
この「へりくだり」とは、ピリピ2章に見られる「イエス様のようなへりくだり」です。つまり自分を無にして仕える者となり、神様の御心に最後まで従う、という姿です。私たちは、自我を十字架につけ、自分に死に、神様の御心に従うことが命じられています。
 何故、私たちはへりくだらなければならないのでしょうか?
①神様から離れることのないため。
 へりくだりの反対は傲慢です。サタンは神様に仕える大天使でした が、傲慢になったため天から落とされました。(イザヤ14:12 ~15)サタンは必死になってクリスチャンを傲慢の罪へと陥れ、 神様から離れさせようと働いています。私たちは力強い御手の下に へりくだらなければなりません。
②神様の力ある業を見るため。
 神様は、私たちのうちに力ある業を現そうとして下さるお方です。
 しかし、私たちの心が傲慢で、自分の力や考えを貫き通そうとする なら、神様の働く余地がなくなるのです。
 イエス様は生まれ故郷のナザレでは多くの奇跡をなさいませんでし した。なぜなら、彼らの心は傲慢で、自分達の考えを正しいとし、 イエス様を受け入れませんでした。彼らは不信仰と傲慢の故に、イ エス様を追い出し、崖から突き落とそうとしたのです。
 エリヤは、イスラエルに多くのやもめがいたにも関わらず、異邦 人のツァレファテの女のところに遣わされました。神の力はそこで 現されました。また、エリシャもイスラエルに多くのツァラアトに 犯されていた人がいたにも関わらず、異邦人のナアマン将軍だけに 癒しの奇跡を与えました。なぜなら、イスラエルの民が傲慢であり、 神のことばを受け入れなかったからです。
 神様の力は、心砕かれた人のうちに現れます。
③地上ではなく、天国で報いを受けるため。
 神様の前にへりくだった人は、神様のことばに従います。
 そのへりくだりの行動が、時にこの世の常識に反しており(たとえ ば日曜礼拝の厳守など)、理解を得られなかったり、迫害を受ける ことがあったとしても、人の目を恐れてはなりません。私たちの地 上での「へりくだった行動」は天での生活につながっていることを 覚えておかなくてはなりません。私たちは、イエス様が再び来られ る日、つまり天国で神様によって高くされるのです。それが「ちょ うど良いとき」なのです。私たちのへりくだりの行いは、天国に宝 となって積まれています。天国の私たちの住まいの材料として一つ 一つ積み上げられているのです。これが、朽ちることも汚れること も、消えて行くこともない資産です。「あなたがたの信仰の試練は、 火で精錬されつつなお朽ちていく金よりも尊く、イエス・キリスト の現れの時に称賛と光栄と栄誉になることが分かります。」(Ⅰペテ ロ1:3~9)私たちは地上で称賛を受けることを求めません。
 へりくだりましょう。神様は、あなたのすべてを見ておられます。