詩篇27篇

 詩篇27篇は、ダビデが息子であるアブシャロムに王の地位を追われた時に歌われたものだと言われています。
 かつて、ダビデが少年であった時、彼は羊飼いでした。彼は常に神様に賛美の歌を捧げ、神様からの力をいただきながら野の獣から羊を守りました。また彼は、戦場において敵であるゴリアテを倒しました。ダビデは兵士ではなく、鎧もつけていませんでしたが、全能なるイスラエルの神の御名を高く掲げ、敵に向かいました。彼の撃った石がこめかみに当たり、誰もが恐れていた巨人ゴリアテは一瞬にして倒れてしまいました。ダビデはまだ少年でしたが、彼の信仰の故に、敵は彼を恐れたのです。よって、勝利はイスラエルのものとなりました。
 年月が経ち、ダビデは王となりました。そして晩年、息子アブシャロムに地位を追われる立場になった時、恐れが生じました。しかし、彼は告白したのです。「主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。」と。
 私たちも色々な問題の中で不安に襲われることがあります。しかし、私たちは神様の子供としての特権を持っていることを思い出しましょう。私たちは神様の国を相続することが約束されています。そこで私たちは王として君臨するのです。天に目を向けるなら、恐れは消え去ります。
 ダビデの願いがここに書かれてあります。
「4 私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で主にふける、そのために。」
 彼は、いつも神様を見上げ、神様のすばらしさを賛美し、神様を第一にする生活を望みました。何故かというと、「5 それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。」とある通りです。
 私たちの問題は、祈りに変わります。その祈りの中で神様は平安と確信を与えて下さるのです。私たちのクリスチャン生活は、自分に死に、十字架を負って主に従い、御言葉を信じ、御霊に満たされて歩む生き方です。
 ダビデは、「神様は生きておられる!」という信仰に満たされていました。その信仰によって、敵を打ち負かし、あらゆる問題を乗り越えることが出来たのです。
「14 待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め主を。」
人間は完全ではないので、失敗することもあります。しかし、私たちの主は、完全な神です。どんな時も私たちを助け、守り、悩みの中から救い出して下さる方です。神様は絶対に私たちを裏切ることはありません。このすばらしい主に信頼し、益々近付いていきましょう。