神様の選び(福音の群牧会長 永井明師)

「~したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんで下さる神によるのです。」(ローマ9:11~16)
 ヤコブは、双子の弟としてこの地に生まれました。彼の父はイサクであり、母はリベカでした。リベカは不妊の女でしたが、イサクはアブラハムの「神が約束されたことは時が来たら必ず実現する!」という信仰により、熱い祈りを捧げ、みごとに約束を勝ち取りました。ついに、リベカのお腹に双子が宿ったのです。
 聖書には「神のことばが成就するためである。」という言葉が繰り返し出てきます。私たちが「信じるなら」神様の約束のことばは必ず実現するのです。どうか信じて下さい。人には出来ないことが全能なる神様には出来るのです。「神様にとって不可能なことは一つもありません。」(ルカ1:37)
 妻リベカは、胎動を感じた時に、双子のぶつかり合いがあまりにも激しかったので、「こんなことでは、いったいどうなることでしょう。私は。」と言って、主にみこころを求めました。
その時に、「兄が弟に仕える」という神様のご計画を知りました。
 青年期に入り、エサウは巧みな猟師、野の人となり、ヤコブは穏やかな人となって、天幕の中に入っていました。創世記には「イサクはエサウを愛していた。それは彼が猟の獲物を好んでいたからである。リベカはヤコブを愛していた。」と書かれてあります。
 ある時、ヤコブが煮物を煮ている時、エサウが飢え疲れて、野から帰って来ました。エサウが、しきりにヤコブの作った物を欲したので、ヤコブは「今すぐ、あなたの長子の権利を売りなさい。」と言ったのです。エサウは迷うことなく、長子の権利をヤコブにあげることを誓いました。聖書には「彼はその権利を軽視した」と記しています。
 私たちが救われて新しくされたことを、決して軽々しく受け止めてはなりません。「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。」(ヨハネ1:12)
 イエス様が、私たちに「神のこどもとなる特権」をお与えになるために、どれほどひどいめに合わされたか・・・。イエス様の背中には39回の鞭の跡がありました。ローマ兵につばきをかけられました。また十字架に釘付けにされ血を流されたのです。私たちは決してそのことを忘れてはなりません。「軽視」してはならないのです。
 私たちが命をかけてでも福音を宣べ伝えたい理由はここにあります。イエス様は、この地だけではなく、後の世においても永遠の救い主なのです。
 父イサクが年を取り、祝福をエサウ与えようとした時、ヤコブが兄に成り代わって祝福をもらいました。ことの成り行きを知ったエサウは、自分も祝福してほしいと願いましたが、願いは叶いませんでした。 このことの背景にはエサウが長子の権利を軽視したことに原因がありました。そしてヤコブは祝福され、「兄が弟に仕える」という神様のことばが実現することになります。私たちは、ヤコブのように神様に選ばれた者です。神様の与えて下さる権威を決して軽視することなく、約束されたことを必ず実現へと導いて下さる方を信じましょう。