ルツのように(ルツ記1章)

 神様は、一人一人を愛し、個人的な関係を築いて下さるお方です。 今から3000年前、イスラエルには王はいませんでした。ですから、力ある異民族がやってきてはイスラエルのものを略奪するという悲惨な状況下にあったのです。
 そのような中、飢饉が起こりました。エリメレクは、妻のナオミと二人の息子を連れ、モアブの野に滞在することにしました。しかし、エリメレクは死に、妻のナオミと息子二人が残されました。やがて息子達は、モアブの女性を妻に迎えますが、最悪なことに、この息子達も亡くなることになります。ナオミは、二人の嫁オルパとルツを連れてユダの地へ戻りました。そこでナオミは、二人の嫁を気づかい、これからの人生を自分たちのために使うよう勧めました。しかし、二人とも「いいえ。私たちは、あなたの民のところへあなたと一緒に帰ります。」とすがりました。ナオミは再度帰るように勧めると、オルパは別れの口づけをし去りましたが、ルツはそれでも帰りませんでした。そして「あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。」と言って最後まであきらめませんでした。ナオミは心撃たれ、共にベツレヘムに帰ることを決めました。
 ここで、ナオミがどれだけ人間性に優れた人物であったかを知ることが出来ます。神様を一時も忘れず、また人々に対する思いやりにも長けた女性でした。
 またルツ自身も、異邦の民であるにも関わらず異国の地に行くということは相当な覚悟が要ったに違いありません。しかし、それほどまでしても、ナオミに対して犠牲を払っても良いと考えたのです。それが、今までのナオミに対しての恩返しだと思ったのでしょう。
 これは、私たちの一つの手本です。ルツが、これまで自分たちに良くしてくれたナオミに感謝し、自分を犠牲にしてまでもナオミに仕えたいとしたように、私たちも、イエス様のなさって下さった十字架の贖いと復活に感謝し、心から主を慕い、仕える者でありたいと思うのです。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」(マタイ16:24) イエス様は、私たちに「わたしの所に来なさい。わたしがあなたを休ませてあげます。」と言われます。
 ナオミとルツとの関係は、真からお互いに愛し合っているというすばらしい印です。
 ナオミはベツレヘムに帰って来たとき、「私をマラ(※苦しむの意。)と呼んで下さい。」と人々に言いました。しかし、ナオミと共に故郷に帰ったルツを通して、ダビデの家系が生まれ、イエス様が誕生したのです。彼女の子孫は祝福されたのです。
 ルツ記は、多くの人の慰め、励ましとなっています。
私たちは、目に見える状況がどんなに辛くても、主を信じ歩むなら、神様は必ず祝福して下さるということを忘れてはなりません。
 主に感謝し、主に従い、主に仕えるなら、必ず私たちの人生は恵みあふれたものとなります。ルツのように、心から主を愛しましょう。