神様のわざ

「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」(ヨハネの福音書6:35)
 イエス様は、聖書の中でご自分のことを「羊の門、羊飼い、道、真理、いのち、」だと言われます。このようなことを言える人は、イエス様以外にはおられません。この世の中にも、立派な人はおり、あらゆる知恵をもって人生を諭す人はいます。しかし、自分のことを「真理である」と言う人はこの方以外にはおられないのです。
 イエス様は、「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです。」と言われました。つまり、私たちがイエス・キリストこそが真理であり、いのちであることを信じることが出来たのはただただ「神のわざ」であるのです。何故なら、神様が選び引き寄せられない限り、私たちは神様のもとに行くことは出来ないからです。(ヨハネ6:44)
 イエス・キリストを救い主として受け入れた人々は、例外なく、神様がその人に働かれ、神様の奇跡を体験しているのです。
 ペテロは、イエス様に対し「あなたこそ、生ける神の子キリストです。」と告白しました。イエス差はその時、神様が導かれた告白であることを示しました。
 私たちがイエス様を生ける神の子キリストであると告白し、新しく生まれたのは、神様のことばにより、また神様のわざによります。「あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わらない、神のことばによるのです。」(Ⅰペテロ1:23)
 私たちがいのちのパンである御言葉をしっかりと食べていくなら、目に見えることの出来ない霊的世界が広がり、見えないものが見えるようになってくるのです。私たちは、すべての悪意、すべてのごまかし、色々なねたみ、すべての悪口を捨てて、生まれたばかりの乳飲み子のように純粋なみことばの乳を慕い求めようではありませんか。 私たちの父なる神様は、愛なるお方です。さんざん好き勝手してきた放蕩息子を愛情を持って迎えた父のように、いつでも迎え入れて下さり、飢えているなら食べさせ、祝福を与えて下さる方なのです。
 神様の下さるパンを私たちが食べ続けるなら、私たちの将来は豊かにされ、希望が与えられます。
「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。ー主の御告げ。ーそれはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。」(エレミヤ29:11~13)
 御言葉を慕い求め、祈りを捧げ、日々神様の業を体験しましょう。